| R2 |
佐藤 圭一郎 |
フェルディナン・ド・ソシュールの外的言語学 -社会言語学の観点からの考察- |
| 柞野 友那 |
パトリック・モディアノにおけるアイデンティティの曖昧さについて -『エトワール広場』を中心に- |
| 松本 夏恵子 |
黒服の群衆と女性-マネをめぐる文学- |
| R1 |
呉 昊 |
言語と性に関するフランス語と中国語の対照研究 |
H30 |
牧 彩花 |
フランス語の人称転換 -日仏対照の観点から- |
| H29 |
長尾 貞紀 |
パリ・コミューンをめぐる文学 -ヴィクトル・ユゴー晩年の詩作品『恐るべき年』を中心に- |
| H28 |
吉川 真太郎 |
カミュ『異邦人』の場面描写内における語りの様態について |
| 玉田 優花子 |
ヴェルレーヌにおける小夜鳴き鳥について |
| 土田 詩織 |
ネルヴァル『散策と回想』論 |
| 中井 宏典 |
アラン『幸福論』の読解 |
| 土門 さやか |
ジャン・コクトー『ルノーとアルミード』に見られる他の作品の暗示とその効果 |
| 武政 明日香 |
擬態語の仏英語への翻訳 ~村上春樹『眠り』を中心に~ |
| H26 |
佐藤 亮太 |
ガブリエル・タルド『模倣の法則』について -『模倣の法則』から現代日本を考える- |
| H24 |
平間 孝子 |
サミュエル・ベケット『見ちがい言いちがい』について |
| 石田 雄樹 |
サド『美徳の不幸』における幸福の観念 |
| 大江 優平 |
ジュール・ミシュレのジャンヌ・ダルク像について—女性観と民衆観から読み解く |
| 白石 冬人 |
マラルメにおける作詩法の変遷 |
| H23 |
大友 美里 |
バタイユとフィクション |
| H22 |
天野 史彦 |
La question de la rhétorique dans les Pensées de Pascal |
| 藤原 江玲 |
文学とバレエ |
| H21 |
佐藤 瑛 |
セリーヌにおける反ユダヤ主義の問題 |
| 野口 謙一 |
フランソワ・モーリヤックの恩寵思想におけるパスカルの影響について —『テレーズ・デスケルー』の場合— |
| Tadashi Ueda |
Rousseau, la démocratie et la populace ingrate. |
| H20 |
新田 直穂彦 |
フランス語に於ける半過去と前置詞との共起関係 |
H18 |
佐藤 由夏理 |
『失われた時を求めて』における反復 ─baromètre をめぐって─ |
| 庄司 麻美 |
depuis の空間用法について |
| H17 |
SARINA |
Une réflexion sur l'état d'enfance dans Détruire dit-elle de Duras |
| H15 |
深井 陽介 |
ランボー,ドゥエ詩帖を読む |
| 島貫 葉子 |
『ゴドーを待ちながら』における思考と身体 |
Isao HIROMATSU |
La mélancolie (post)coloniale dans"Biblique des derniers gestes" |
| H14 |
荒川 恒冶 |
錯綜方向 『パリの憂鬱』を読む |
|
|
|
| H13 |
小島 竜哉 |
OUIとNONの関係について |
| 菊池 彩子 |
Les langues en Relation -le multilinguisme d'Edouard Glissant- |
| 小松 秀勝 |
アランにおける楽観主義 ─(わたし)の考察─ |
| 宮本 直規 |
直接目的補節の代名詞化,ゼロ化による実現 ─動詞 savoir の場合─ |
| 山上 昌造 |
アンリ・ミショーにおける「読み」による創造 |
| R2 |
熊谷 優華 |
ベル=エポック期のシャンソンの世界 |
| 武田 秀祐 |
植民地教育政策とコートジボワールにおけるフランス語の多様性 |
| 水嶋 花 |
フランスにおける性的マイノリティ |
| R1 |
工藤 さやか |
エメ・セゼールの『もう一つのテンペスト』におけるエアリアル |
| 村岡 拓也 |
フランス人と高等教育 |
| H30 |
今本 亘 |
ゾラ『居酒屋』について |
| 鈴木 麻優 |
ゾラ『ナナ』について |
| H28 |
出口 武志 |
シャルル・ペロー『過ぎし昔の物語』について |
| 久保 友梨恵 |
モリエール作品における笑いについて |
| 髙橋 眞惟 |
スタンダール『赤と黒』について |
| H27 |
山本 千春 |
20世紀フランスにおける女性像ーボーヴォワール『第二の性』を通してー |
| 岩崎 ちまき |
モリエール作品とその翻案から読み解く「笑いの構造」の差異について |
| 田中 華奈 |
ジャン・コクトー『詩人の血』について |
| 井出 智也 |
アメリー・ノートンにおけるアイデンティティの問題ー自伝的小説を中心に |
| 蔦木 悠子 |
エミール・ゾラ『制作』について |
| 渡部 理沙 |
ボリス・ヴィアン『日々の泡』と音楽 |
| H26 |
武政 明日香 |
サガン作品における人物描写 -瞳と髪の色彩表現をめぐって- |
| 猪飼 綾 |
アポリネール『カリグラム』について |
| 千葉 英里 |
ユゴー『レ・ミゼラブル』について |
| 舘田 みさき |
モーパッサンの作品における「水」について |
| H25 |
関本 祐太郎 |
ブリア=サヴァラン『味覚の生理学』について |
| 宮部 沙織 |
思考動詞の日仏対照 |
| 武藤 奈月 |
ルノー・ド・ボージュ『名無しの美男子』について - 「名前」を中心に- |
| 吉岡 朋美 |
文学と音楽の関わりについて マラルメとドビュッシーの作品の相互影響 |
| 吉川 真太郎 |
ギュスターヴ・フロベール『感情教育』における自由間接話法を中心とした発話について |
| 大関 俊裕 |
サン=テグジュペリ『人間の土地』について |
| 黒澤 明希子 |
カミュにおける幸福感について |
| 管 美咲 |
ヴィクトル・ユゴー『レ・ミゼラブル』における女性像 |
| 田中 愛美 |
『星の王子さま』の人間観 |
| 丹野 宗丈 |
ジャン=ポール・サルトル『言葉』について |
| 土門 さやか |
ジャン・コクトー『恐るべき子どもたち』について |
| 藤原 菜摘 |
『星の王子さま』におけるapprivoiserということ |
| 本藤 みずき |
シャルル・ペロー『赤ずきん』について |
| H24 |
佐藤 萌美 |
ヴェルレーヌの『女友達』におけるレズビアン像 |
| 佐藤 亮太 |
ルソー『エミール』について |
| 渋谷 佑介 |
モーパッサン『オルラ』における幻想 |
| H23 |
長岡 日佳里 |
雑誌にみるジェンダー |
| 阿保 和香奈 |
第一次世界大戦後のフランスのスポーツ観 —モンテルラン『オリンピック』を通して— |
| 奥間 智絵 |
コレット中期作品における男性像 |
| 坂梨 悠太 |
モリエール『ル・ミザントロープ』について |
| 四戸 まゆ |
P.J.エッツェルとJ.ヴェルヌの関係性について |
| 関口 智子 |
『ナナ』における娼婦 |
| 法官 信貴 |
ル・クレジオ『地上の見知らぬ少年』をめぐって |
| H22 |
磐瀬 さほ |
『モンテ・クリスト伯』の主題と結末 —翻案作品との比較検討をとおして— |
| 佐藤 玄 |
ポール・ヴァレリー『テスト氏との一夜』について |
| 小笠原 有美 |
ポール・ヴァレリー『ユーパリノス』について |
| 菊地 美穂 |
ロートレアモン『マルドロールの歌』における海について |
| 下田 知世 |
ジャン=ポール・サルトル『出口なし』について |
| 白石 冬人 |
マラルメ『半獣神の午後』の二重性 |
| 蓮沼 奈緒子 |
パトリック・モディアノ『暗いブティック通り』をめぐって |
| H21 |
内田 智子 |
ジャン・アヌイ『アンチゴーヌ』の研究 |
| 阿部 瞳 |
アルベール・カミユ『異邦人』をめぐって |
| 大友 美里 |
バタイユ『空の青』について |
| 田口 なつみ |
ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』における女性描写をめぐって |
| 佐藤 朱美 |
デュマ・フィス作『椿姫』とブルジョワ社会 |
| 田中 千尋 |
アルベール・カミユ研究 |
| 油座 麻莉子 |
アンドレ・ブルトン『ナジャ』について |
| H20 |
石川 朋彦 |
メリメの『カルメン』を読む |
| 川合 章央 |
パンジャマン・コンスタンの『アドルフ』について ─アドルフとエレノール、二人の破局の原因を探る─ |
| 長谷川 拓 |
狐物語について 『狐物語』ルナールの視点から |
| 藤原 江玲 |
サンテグジュペリ『夜間飛行』について |
| 益城 健司 |
イヨネスコ『犀』における反復について |
| 百崎 万葉 |
フランス女性誌 ELLE における特徴的表現 |
| H19 |
今泉 英一郎 |
恐怖感情の芸術化について ─モーパッサン怪奇短編小説を中心に─ |
| 清重 景子 |
Joseph Berchoux の戦略—文学の中のガストロノミー— |
| 千葉 大輔 |
ヴォートランというキャラクター |
| 富樫 亜由子 |
surの多義性について |
| 藤田 倫明 |
アルベール・カミュの『ペスト』における客観性 ─リウーの語りの技法─ |
| 眞喜志 康智 |
サルトルの『嘔吐』について |
| H18 |
野口 謙一 |
神なき人間の悲惨 ─『テレーズ・デスケル』についての若干の考察─ |
| 久米 正輝 |
アルベール・カミュの小説『転落』における「二重性」について |
| 千葉 健太郎 |
ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』における登場人物の生成 |
| 天野 史彦 |
アルチュール・ランボーの散文詩 ─Enfance における空間的な「移行」をめぐって─ |
| H17 |
齋藤 千尋 |
ヴィクトル・ユゴー『死刑囚最後の日』に見られる観劇的処刑 |
| 藤原 ちあき |
日仏文化の比較 ─カフェ文化を通して─ |
| 八巻 朝子 |
ぺロー『赤ずきんちゃん』読解 ─オオカミ像の視点から─ |
| 千葉 好美 |
プルースト『失われた時を求めて』における「写真」 ─分裂するポートレート─ |
| H16 |
綾部 一江 |
tout + ジェロンディフ |
| 掃部 さやか |
ジャン=フィリップ・トゥーサンの『カメラ』について |
| 山下 拓紀 |
ジャン・ルノワールの映画 |
| 小飯塚 猛 |
ジャック・プレヴェールの詩について |
| 芳賀 知実 |
J.J. ルソー『孤独な散歩者の夢想』における経験と感覚の再現 |
| H15 |
庄司 麻美 |
人を表す言葉 ─日本語とフランス語における愛情表現・罵倒表現の比較─ |
| H14 |
岡野 英俊 |
ボードレールの散文詩研究 |
| H13 |
糸賀 道子 |
マルグリット・デュラス『船舶ナイト号』について |
| 君塚 賢一 |
『悪童日記』における人称問題 |
| 木村 岳彦 |
『レ・ミゼラブル』における19世紀フランスの歴史的検証 |
| 向井 牧子 |
『メリュジーヌ物語』について |