隠された人   (東北大文学部心理学研究室同窓会誌「学友消息」56号より)

 

                                         行場  次朗

 

  やはり激動の21世紀を迎えてしまいました。WTCビルには家族でのぼったことがあるのですが、それも消失してしまいました。これまで、環境や社会に対するメッセージを含んだ錯視図形をお届けしてまいりましたが、その事件を扱ったものはまだ思いついておりませんので、今年の錯視図形は、その前の別のニュースをテーマにしたものです。

図をご覧下さい。黒い覆いで隠された人が小さく見えます。イタリアの心理学者で芸術家でもあるカニッツァが見出した非感性的縮小あるいは現象的縮小とよばれる錯視を利用したものです。覆いで隠されると、対象は約2から9%ほど小さく見えますが、その錯視の大きさは年齢とともにU字型関数を描くそうで、子供の一時期はなくなるということですから不思議です。触覚でも起こりますし、運動する対象についても発生することは、丸山先生が考案された見越し検査にあらわれる尚早反応でも示されているといえます。

なぜ非感性的縮小が起こるのかは、まだよくわかっていません。カニッツァは二つの面が重なるとき、前方にある面に比べて、後方にある面では利用できるエネルギー(今日の用語で言えば、クオリアでしょうか?)が少ないために縮小するといっています。また、覆いが前面に見えると、奥行きに伴う大きさの自動補正がはたらき、覆いが小さく見えるので、それに引きずられて、隠されているものが小さく見えるという説もあります。

 ともかく大切なことは、隠された、あるいは隠した対象や空間、そして時間や事件を過小評価してしまう傾向があることを認識しておくことで、その自覚が十分になされていたなら、21世紀が悲劇的なスタートを切らずにすんだのかなとも思っています。

 今後とも,視覚認知心理学の魅力を探って行きたいと思っておりますので,どうかご支援よろしくお願いいたします.

 

真中の人の漢字が小さく見えます

隠された人の存在を小さく見てしまいがちです

(ハンセン病訴訟判決確定の日に)

イタリアの心理学者Kanizsa amodal shrinkage 錯視を使って

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