注 

(1) 『三国演義与中国文化』(巴蜀書社、一九九二)。

(2) 『鍾伯敬先生批評忠義水滸伝』には「四知館刊行」という文字が見える。

(3) 『中国古典小説研究』第1号(中国古典小説研究会、一九九五)。この論文は鍾伯敬本と李漁本(『李笠翁批閲三国志』)についてそれぞれ考察を加えたものである。

(4) 杜信孚纂輯 江蘇広陵古籍刻印社 一九八三年。

(5) 韓錫鐸・王清原編纂 春風文芸出版社。

(6) 楊縄信編著 陜西人民出版社 一九八七年。

(7) このことについて、西野貞治氏も「『三国演義』の研究と資料」(『中国の八大小説』(平凡社、一九六五年)所収)の中でも触れておられる。

(8) 以下の年譜は、『隠秀軒集』(李先耕・崔重慶標校、上海古籍出版社、一九九二年)所収の付録二「年表」から書き抜きした。

(9) 『中国版刻綜録』では天啓間の刊行とする。しかし筆者は『鍾伯敬先生秘集十五種』の影印本を入手した。その冒頭には「戊辰」の年が記された「葉舟 凌虚」の序文がある。この「戊辰」年は崇禎元年(一六二八年)に違いあるまいから、これにしたがって改める。

(10) 『三国志演義』諸版本は、

    一、二十四巻系諸本

    二、二十巻「花関索」系諸本

    三、二十巻「関索」系諸本

の三つに分かれる。このことについては、拙論「明代長編小説における「文版本」と「文簡本」および『三国志演義』諸本三系統の関わり」(『東北大学文学部研究年報』第四十四号、一九九四)参照。

(11) この個所で呉観明本に文字の脱落があることについては、拙論「『三国演義』版本の研究―毛宗崗本の成立過程―」(『集刊東洋学』第六十一号、一九八九)においても指摘した。

(12) この例は、小川環樹博士が「関索の伝説そのほか」(小川環樹著『中国小説史の研究』一九六八、岩波書店)の中で、江戸時代に書かれた『三国志演義』の翻訳である湖南文山の『通俗三国志』の底本が呉観明本であることを証明されるのに用いられた例である。