中国文学を学ぼうとする方へ
長い歴史と多様なジャンル
中国文学は、紀元前の古代から、現代に至るまで、数千年の歴史を持ちます。その間に、詩・辞賦(一種の韻文)・散文・戯曲・小説など、さまざまなジャンルにわたる膨大な量の作品が生み出されてきました。 もちろん、中国語それ自体には、時代による変化があり、文字にも字体の変遷はあります。しかし、あるひとつの国の文学が、その成立の当初から現代に至るまで、同一の言語・文字によって表現され、現代に生きる私たちが、古代の文学者の作品を原文のままで読解・鑑賞できるというのは、世界でも希有なことです。
訓読法と漢文学
みなさんは中学・高校で、『詩経』の詩、李白や杜甫の詩、唐代の伝奇小説などを読んだ経験があるでしょう。中学生や高校生の段階で、これら何百年、何千年も前の外国の文学作品を、原文そのままで読むことは、他のどの外国の文学でもできるというものではありません。 固有の文字を持たなかった古代の日本に、漢字と、漢字によって記された文献が伝わったことにより、当時の日本人は、中国の進んだ文化のみならず、文字そのものをも受け入れました。それらの文献は当初、中国音によって読まれていましたが、後に日本人は、中国の文献を日本語の構文にあわせて読解する「訓読法」を考案しました。訓読法ができたことにより、中国文化を摂取する速度は加速し、中国の文学が「漢文学」として、多くの日本人に親しまれる基盤ができました。
訓読法の限界
訓読法は確かに中国の文献を読むのに有力な武器です。しかし、中国の文献を精確に読解するためには、訓読法のみでは十分ではありません。 たとえば、訓読法では「而・於・于・乎・矣・焉・兮」などの助字(虚字)の多くを「置き字」として読まないことになっていますが、実はそれぞれ異なる機能を持っています。「即・則・乃・便」はみな「すなわち」と読むことになっていますが、実はそれぞれに意味を持ち、みな異なっています。中文専修の授業では、こうした訓読法の弱点にも留意して精確な読解をこころがけるよう、指導をおこないます。 また、中国の言語表現には、「文言(ぶんげん)」(文語体の書き言葉、いわゆる漢文)と「白話(はくわ)」(口語体の書き言葉)という文体の違いがあります。『三国志演義』『水滸伝』『紅楼夢』など、明・清時代の小説は、当時の口語体である「白話」で書かれているため、訓読法のみでは読み解くことができません。こうした文献を読解するためには、現代中国語の知識が有用です。
訓読法+現代中国語
以上のような理由から、中国文学を学ぼうと考えているみなさんには、訓読法に加え、現代中国語を習得することをお勧めしています。文言で書かれた作品の読解にも、現代中国語の知識は役立ちますし、逆に、白話や現代中国語で書かれた作品を読む際にも、古典の知識は必要で、訓読法は強力な武器になるからです。 訓読法と現代中国語の力を身につけつつ、さまざまなジャンルにわたる豊かな中国文学の世界へ、一緒に出発しましょう。
中国語学を学ぼうとする方へ
「形」「音」「義」に関する研究
「形」「音」「義」は、「漢字の三要素」としてよく知られていますが、中国語を対象とする研究、つまり中国語学の分野でも、研究テーマの三本柱を「文字(=形)」「音韻(=音)」「意味の解釈(=義)」のように分けることができます。 中国語は、文字による記録を甲骨文まで遡ることができるため、断片的とはいえ、遥か3000年以上前の殷王朝の時代に、どのようなことばが使われていたのかを垣間見ることができます。漢字は、甲骨文、金文(きんぶん)、篆書(てんしょ)、隷書(れいしょ)、楷書(かいしょ)という歴史を辿ってきましたが、その影響力は大きく、かつては日本以外に、朝鮮半島やベトナムでも漢字が使われており、漢字文化圏を形成していました。しかしながら、現在、中国以外で、国民の多くが漢字を日常的に用いているのは、日本だけです。 日本では、文字としてひらがなやカタカナ以外に漢字を使用しており、漢字と深く関わる「書道」も根強い人気があります。また、学校教育では、漢文の授業が組み込まれています。漢字に親しみがあり、なおかつ日本語に漢語(たとえば、「花が咲く」という和語に対して、中国語由来の漢語「開花」があるように)が多く使われていることから、中国語学を研究するに当たって、日本人研究者は、本格的な研究を始める前に、すでにしっかりとした下地を持っている、といっても過言ではありません。そのため、中国語学の研究分野において、日本での研究成果は中国でも注目されており、優れた研究書が中国語訳されることもしばしばあります。
孤立語としての特徴
世界のさまざまな言語を形で分類すると、日本語は膠着語(こうちゃくご)ですが、中国語は孤立語(こりつご)です。孤立語の特徴は、単語に語形変化がなく、文法的機能を担うのは、文中の語順や前置詞などの助詞だということです。中国語の基本語順は、英語と同じくSVO(「主語+動詞+目的語」)ですが、新情報は目的語の位置に置く、という強い傾向があります。「太郎が来た」と「雨が降ってきた」を例にとると、日本語では、その存在が確認済の「太郎」も、降る前にその存在が確認できない「雨」も、同じように主語として使われます。いっぽう、中国語では、それぞれの対訳は“太郎来了”と“下雨了”となります。前者は「太郎」を主語に立てますが、後者の「雨」は目的語の位置に置かれます。なぜかというと、自然現象である「雨」は、降ってこないと、その存在が確認できないため、新情報として扱われ、新情報は目的語の位置のほうがふさわしいからです。日本語で使われている漢語「降雨」からも、その傾向をうかがうことができます。
通時的研究と共時的研究
言語研究は大きく2種類に分けられます。1つは、言語の変遷をテーマとする通時的研究、もう1つは、一定の時期に限った言語現象をテーマとする共時的研究です。 日本語は長らく中国語とかかわってきているため、日本人研究者は、手法さえ習得すれば、中国語の通時的な研究も共時的な研究も、十分におこなうことができます。 中国語学を学ぼうと考えているみなさん、すでに身に付いている日本語の知識をフル活用して、外国語でありながら、外国語とは感じられない側面もある中国語の世界にどっぷり浸かってみましょう。