リンクは自由!
『月刊言語』第29巻(2000)6月号, pp.66-69 掲載

現代のことばの道

―インターネットの多元的傾向と一元的傾向―

後藤 斉


1. インターネットとことばの道

そもそもことばの道をインターネットに関連させて問うにあたっては、 インターネットについての理解を確認しておく必要がある。インターネットの本質は 技術的にはデジタルデータの交換のためのプロトコル(約束事)の体系であり、 現在の代表的な使い方であるメールやウェブ等といった違いはそのもっとも表面的な 部分に過ぎない。そこにこだわるよりは人間の側から見る方が有益であろう。 Stefik (1997)は、インターネットに関して社会的な機能の面から四通りのメタファー (図書館、郵便、マーケット、世界)による捉え方を提案しているが、 情報通信基盤はまだ発明途上のものであり、そのあり方はわれわれの把握のしかたに 依存する、という指摘は重要である。これまで文字の発明をはじめとして、 印刷術や電気通信などの言語にまつわる技術は言語の伝播に大きな影響を およぼしてきたし、人間同士のコミュニケーションという点から見ればインターネットは これらの技術の進展の延長線上に位置づけられる(Baron 2000)のであり、 インターネットをことばの道として考察することには十分意味がある。もっとも、 インターネットの技術の導入が必然的にもたらす部分よりは、人々が インターネットを使って実際にどのような言語活動を行うかに依存する部分の方が 大きいことを忘れることはできない。

2. インターネットの多元的傾向

インターネットの特徴の一つとして、個別のコンピュータの機種の違いや 種々の機関・地域内ネットワークの性格の違いを前提とした上で、それらを対等の 関係で接続するという多元的原理がある。この特徴をインターネット上の人間の 行動に反映させれば、基本的な条件が整ってさえいれば、誰もが任意の人との間で 比較的簡単に、低コストで伝達や情報の授受ができることになる。これは誰にでも 平等に当てはまるが、既存の技術の恩恵を受けにくかった個人や小規模言語共同体の 場合に相対的に大きな恩恵を享受することになる。

インターネットのこの性質は地理的に隔たった個人の間のコミュニケーションを 容易にする。それがよく現れるのは外国語教育への応用であろう。教師や学習者の 創意によって、教室内での活動をネイティブスピーカーとのコミュニケーションの 実体験ないし疑似体験とすることが容易になるので、すでに各地で多様な実践や試みが なされている。

言語使用者が地理的に隔たっている場合も同様であり、その言語での コミュニケーションを促すことによって、使用者間に言語共同体への帰属意識を 高めることにつながる。電子メールを使う閉鎖的なグループ内でのコミュニケーションについては 外部の者はうかがい知ることはできないが、ウェブやニュースグループなどの公開性の 高い手段が使われる場合は同時に外部にその存在をアピールすることにもなる。 国際語エスペラントも典型的に使用者が地球上に散在している言語だが、 日本エスペラント学会のホームページ (http://www2s.biglobe.ne.jp/~jei/esperanto.html)からたどれるように、個人間で内容に応じた 多彩な国際コミュニケーションが実践されている。国外移住者向け母語教育も この範疇に含めることができる。

少数民族は、従来、コストの関係から印刷や放送といった既存の技術の恩恵を 受けにくかったが、アメリカインディアンにも積極的にインターネットを使う 人々がいて、その歴史や文化・伝承に関して積極的に発言していることが Phil Konstantin氏のウェブサイト (http://www.americanindian.net/)から分かる。もっとも、外に向かっての発言という 性格上からか、あるいは言語使用の実態を反映してのことか、使用言語は 英語がほとんどのようにみうけられる。ニュージーランドのマオリ族については te reo maori - the Maori Language (http://nz.com/NZ/Maori/)、オーストラリアのアボリジニーについては Aboriginal Languages of Australia (http://www.dnathan.com/VL/austLang.htm)が同様の位置づけにあるようである。 なお、後藤(1998)も参照。

しかし、インターネットの利用には機材やネットワークといったインフラの 整備が前提となるため、アフリカ大陸の大部分のように社会全体のインフラさえ 十分に整っていない地域では、その言語の話者が直接インターネットの恩恵を 受けることはむずかしい。アフリカ全体のニュースを集めたサイトとしては Africa Online (http://www.africaonline.com/)があり、地域内での有益な情報源と なっているが、ほとんど英語が使われている。

ただし、このような言語も研究者による研究成果の蓄積とその社会への還元と いう点ではインターネットと無関係ではない。アフリカの諸言語に関しては、 Yale Africa Guide Interactive (http://swahili.africa.yale.edu/links/)からその一端を知ることができる。 "Learn Ekegusii" (http://members.xoom.com/linkkenya/ekegusii.html)というウェブページを見て実際にグシイ語の 学習に取りかかる人が数多くいるとは思えないが、広い範囲の人にその存在を 知ってもらえることは間違いない。なお、オーストラリアのアボリジニーの言語に ついては、ASEDA - the Aboriginal Studies Electronic Data Archive (http://coombs.anu.edu.au/SpecialProj/ASEDA/ASEDA.html)が言語共同体のメンバーや 研究者の間で教育や研究の目的で言語データを共有するために利用されている。

3. インターネットの一元的傾向

インターネットのもう一つの特徴は、それを構成する機器が共通のプロトコルに 従うという一元的原理である。コンピュータ同士が一つの「言葉」で通信しあって いるのである。これを利用者の側に投影すれば、全ての利用者が一つの言語を 使うことになる。インターネットはアメリカ合衆国で生まれ、主にアメリカで 育ったため、国際的場面では英語の使用が当然と見なされることも多い。もちろん、 これは、インターネットに特有の現象ではなく、特に冷戦終結以降に顕著になった 英語への一極集中現象(「英語の地球語化」)の一側面に過ぎないといえる。しかし、 インターネット上では英語への集中が一層顕著に現れることがある。

これをインターネット上の「英語帝国主義」と見なすことも可能であり、 そのような面もないわけではない。例えば、日本人のウェブページには"Sorry, Japanese Only"と書かれていることがあるが、母語を使用するのに謝るのは不必要に 卑屈な態度と思われる。

しかし、インターネット上で展開される言語活動の内容にみられる英語の情報量の 多さは、一つにはアメリカおよびその他の英語圏において政府機関や企業・ 団体が積極的に情報公開し、個人が積極的に意見を述べていることの結果である。 インターネット上の英語への一極集中は、他言語での言語活動がより活発に展開されることで、 理論的には現実世界と同レベルになるであろうし、実際にインターネットの全世界への 拡大にともなって英語圏の比重は相対的には低下しつつある (NUA Internet Surveys (http://www.nua.ie/surveys/)を参照)。

英語への一極集中現象が今後も続くかに関して、同時期に刊行されたCrystal(1997)と Graddol(1997)とは奇妙な対照を見せている。双方ともインターネットを含めた種々の要因を 考慮しながらも、前者は英語の地位をほぼ安泰なものと考えているのに対して、後者は 過渡的な現象となる危惧を強調する。この違いは政治的な理由による可能性もあるが、 将来の予測は予測に過ぎない。

もっとも、一言で「英語」と言っても、アメリカ英語やイギリス英語といった 複数の標準が併存している。世界全体を見渡せば、McArthur (1998)が紹介するような "World Englishes"という捉え方も可能である。一元的原理に従えば単一の標準 (具体的にはアメリカ英語)へ収束に向かうとも考えられるが、複数の標準の 違いをより際だたせることにつながることもありうる。アメリカ英語に限定しても、 インターネットが話し言葉と書き言葉の中間的な新しい変異体を生み出す可能性が 指摘されている(Baron 2000)。

4. むすび

インターネットの技術は様々な可能性を提供するが、内容面においてそれが どう実現するかは人間の行動に依存する。現実世界を反映しつつ、多くの人々の 便宜のために使うのが望ましいことであろう。言語に関しても同様である。かりに 日本で「英語第二公用語化」を推進する根拠の一つがインターネット上での英語への 集中というところにあるなら、それは道具を現実より優先させる本末転倒の 考え方というべきである。

参考文献

(後藤斉/言語学・ロマンス語学)


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