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第62回関西エスペラント大会(2014.6.1, 姫路市、イーグレひめじ)講演要旨
『La Movado』763号(2014.9), p.6. 掲載

初期のエスペラント運動における「観光」

後藤 斉


昨年『日本エスペラント運動人名事典』を刊行したが,ただ情報を機械的に集めて配列してできるものではない。大部な本を編纂するには情熱が必要だ。峰さんや柴田さんにもそれぞれの思いがあっただろう。私としては,一つにはエスペラントを実際に使った人にしかるべき敬意を払いたかった。実用のなかで観光は際立った位置づけにある。

1887年にエスペラントが提唱されてから少し経つと,それを国際語として実用する動きが現れた。1889年に創刊された"La Esperantisto"誌の1894年12月号の個人広告からは,エスペラントを介して共通の関心を持つ人がつながろうとし,あるいは情報や便宜を提供しようとする試みが垣間見えている。現在のデレギート網やパスポルタ・セルボの萌芽とも考えられそうだ。

日本では,日本エスペラント協会の"Japana Esperantisto"誌には,ヒゲタ醤油や帝国ホテルの広告が掲載されることがあった。後者は会員で帝国ホテル支配人の林愛作による。

初めて来日した外国人エスペランティストは,1909年に修学旅行で東京などを訪れたウラジオストクのエレデルであった。初めてエスペラント目的で外国旅行した日本人は,1915年にハルビン,ウラジオストクを旅行した高橋邦太郎と中目覚(あきら)である。ロシア極東などのエスペランティストとの交流は初期の日本人エスペランティストにとって,滞日外国人との交流とはまた別に,大きな刺激であった。ロシア側ではコスチン,カジ=ギレイ,ヴォナゴ,パブロフなどの名が知られている。

語学書や普及書以外で日本初のエスペラント書は,高橋邦太郎が1914年に原田勇美の世界語書院から刊行した鉄道院原版の写真集『日本風景風俗写真帖』エスペラント版(日英対訳の原版)である。写真が中心であって文字はそれほど多くはないが,本文は基本的にエスペラントであり,海外の読者が念頭に置かれていた。おもしろいことに,巻末には鉄道省や南満洲鉄道,朝鮮鉄道などによる旅行者向けのエスペラント文広告が掲載されている。

これらの例から見られるように,観光は初期からエスペラントの実用目的として日本でも実践され,あるいは目標に掲げられていた。

柳田國男がエスペラントを学んだことは比較的知られているが,それだけでなく,ジュネーブで地元のエスペラント会に参加して,自宅を会の催しに提供して沖縄の話をするなど,実際に使っている。

さらに,柳田は1923年4月ベネチアでの「商業共通語に関する国際商業遊覧業会議」の開催に協力し,「傍聴」した。その際にエスペランティストと市内観光をして,その記念写真を「夢のやうな記念」と佐々木喜善に送った事実は,柳田におけるエスペラントの意味を理解する上で注目に値する。

井上万寿蔵は鉄道省に入り,1931~33年には観光事業研究のために欧米に派遣された。のち鉄道省の外局の国際観光局に移って観光を本業とし,さらに日本初の観光学の概説書『観光読本』(1940)によって観光を定義づけして,産業や行政の中に位置づけるのに貢献することになる。

井上は鉄道・観光関係の職務をエスペラントとうまく結びつけた。鉄道省刊行の"Gvidlibreto por Japanlando"(1927)は,本文100ページほどの分量の日本案内書で,写真や地図も豊富だ。実際にだれが執筆・翻訳したのか,知りたいところだ。

同じく鉄道省発行の冊子"Japanujo"(1935)では矢島英男が,南満洲鉄道の"Ek al Manĉukŭo"(1937)では大谷正一が翻訳や刊行にあたった。

池川清は大阪市職員として福祉分野で働くが,ヨーロッパに派遣されて観光への関心も高めたようだ。38年日本観光エスペラント協会なる組織を立ち上げた。また,東京オリンピック(1940予定)を前にして大阪観光案内"Venu al Osaka"(1938)の刊行にも伊藤幸一らと尽力した。

林好美は,日本で初めてヨーロッパへエスペラント観光旅行(1928年)をした人物として記憶にとどめたい。

エスペラントによる世界旅行の途中に日本を訪れた外国人もいた。マランが旅行中に集めたスタンプ帳はこれだけでもおもしろいだろう。チャイレはあまり知られていないが,上海での歓迎会には魯迅も出席している。

この時代にエスペラントによる観光はだれにでも身近なものであったわけではないが,それでも多くの人がエスペラントを観光に活用しようとした。このことは現在の私たちにもエスペラントの可能性の大きさを感じさせてくれる。


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