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『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第76巻(2008)4月号, pp.21-22 掲載

『エスペラント日本語辞典』の使い方(4) 用例

後藤 斉


辞書には用例がつきものですが、一口に用例と言っても、実はいくつかの 種類があります。もっとも分かりやすいのは、引用例と作例の違いでしょう。 引用例は、古典作品や著名作家の文章から文字通り引用するものです。 作例は、その辞書の編集者が作った例文です。

そうすると、引用例にはれっきとした裏づけがあるのに対して、 作例は適当にでっち上げたもの、と思えるかもしれません。しかし、 引用例がすぐれていて作例は劣っていると、単純に言うことはできません。 どのような用例が適当であるかは、辞書の性格によるのです。

従来、どの言語でも、権威あるとされてきた辞書は多少なりとも 歴史辞書としての性格を帯びるのが普通でした。辞書によっては、 初出の例が挙げられ、また、各用例には作者名と作品名をはじめ、 章節の番号、年代など、出典の詳しい情報も付け加えられて、単語の使用が 歴史的に跡付けらたのです。このような辞書の場合、その性格からして引用例が 不可欠です。

引用例に裏づけがあることは確かですが、例文として挙げられる際には、 文脈から切り離された時点で実際の使用から隔たってしまうという宿命を まぬがれることはできません。例えば、PIVはpreterglitiの用例として、 ザメンホフから引用した、la landoj preterglitis antaŭ liaj okuloj. を挙げているのですが、この文はどう解釈すればいいのでしょうか。 文脈なしには、「国々がそばをすり抜けて行く」とはどういう状況を 描写しているかを理解するのは不可能です。PIVにとってはこの用例は それなりの存在意義があるでしょうが、別の種類の辞書にとってはまったく 不適当な用例です。

『エスペラント日本語辞典』は高度な学習辞典を目指したものですので、 用例の性格もそれに沿うよう考えられています。この辞書の用例は、 これまで使用された実例を挙げているのではなく、これから出会う可能性のある 使い方の例を示すものです。用例は、できるだけ、それぞれの語の意味や 使い方をうまく例示するものになるよう努めています。このような目的からして、 大部分の用例は作例になっています。

ただ、作例とはいっても、実際の使用例をなんらかの形で踏まえている ことがほとんどです。もっとも、実際の使用例といってもザメンホフや その他の少数の著名作家に頼るだけでなく、多くの実用的あるいは 時事的な文章での単語の現れ方も検討した上で、「その単語は、普通、 どう使われるか」を示すように努めているのです。例えば、副詞surloke「現地で」は 実際よく使われますが、この辞書の用例「Post la limdato, bonvolu pagi surloke. 締切日以降は、現地でお支払いください.」はこの単語が典型的に使われる 場面を反映するものです。

用例は、スペースを節約するために断片的な句で挙げる場合も多いのですが、 状況をイメージしやすくなるよう、あるいは使い方をはっきりさせるために、 完全な文の形で挙げている場合も目立つはずです。例えば、動詞bezoni 「要る, 必要である」は、日本語の訳語からは何が主語や目的語になるか わかりにくいので、「Mi bezonas grandan sumon por la projekto. その計画には大金が要る」などの例文でそれをはっきりと伝えようとしています。

また、従来のエスペラントの辞書であまり配慮されていなかった コロケーションを用例で重視したのは、この辞書の特徴の一つです。 コロケーションとは、連語と訳されることもありますが、語と語の間に見られる 慣習的なつながりのことです。英語や日本語の辞書でも最近になって特に 注目されていることがらで、エスペラントの一般の辞書ではあまり重視されて いませんでした。

例えば、この辞書のesploriの項目では、用例の初めの方で 「detale[funde/profunde] esplori 詳細に[徹底的に/深く]調査する/ sisteme[zorge/skrupule] esplori 組織的に[注意して/綿密に]調査する」のように 一括して多くの副詞との結びつきを挙げています。これらの副詞は手当たりしだいに 挙げたのではなく、意味的なつながりが強くてesploriと一緒に使いやすく、 また、実際にも使われているものを挙げているのです。文章を書く際に大きな ヒントになるはずです。

上で述べたように、この辞書では特にザメンホフの用例を重視する立場は とっていませんが、いくつか意識して挙げた引用例もあります。エスペラント賛歌 "La Espero"からの引用例はdiligentaなど8か所で使っています。これは、 前回の「語義」の項で解説したようにこの歌詞への強い連想もそれぞれの語の 理解に重要であることによりますが、他に、この歌詞を下敷きにして もじった表現も使われることも理由です。ザメンホフ編の『ことわざ集』からも、 私たちに使い道のありそうなものを多数選んで用例として挙げました。

歴史が短いエスペラントには独特の故事成語はほとんどありませんが、 Ni fosu nian sulkon.「自分たちの畑を耕そう」は故事成語と言える数少ないものの 一つです。これらはfosiとsulkoの項で用例として挙げるとともに、 fosiの方では短い解説をつけて理解を助けています。

なお、合成語を用例として挙げていることもあります。この辞書の方針として、 合成語はその最終語根の主見出し語のところに副見出し語としてあげることに なっていますが、前部要素のところにも挙げる場合の手段です。例えば、 mirtelbero「ブルーベリー」は主見出し語beroの下の副見出し語として 掲載されていますが、mirteloのところにも用例扱いで出ています。

このように辞書の用例にはさまざまな目的があります。しかし、 いずれにせよ、用例はあくまで例であり、実際にエスペラントを使うときには、 そのままでなく、それを応用した形で現れるのが普通です。文章を読む際にも、 自分で話したり書いたりする際にも、辞書の例文そのままで済むことは ほとんどないでしょう。辞書はすべての答えをあらかじめ与えることは できません。しかし、その大きな助けとして働くはずです。

klarigo de diversaj specoj kaj funkcioj de la ekzemploj en Esperanto-Japana Vortaro.


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