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『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第77巻(2009)1月号, pp.8-9. 掲載
辞書について一般的に持たれているイメージは、「権威」なのかもしれません。多くの人は、辞書に載っているかどうかを基準にして特定の表現が正しいかどうかを判断しているのではないでしょうか。そのような、規範を示し、正しいか間違っているかの基準になることを目的とした、自他ともに権威あると認めるような辞書は、確かに多くの言語にあることでしょう。
しかし、辞書に対する固定観念からすると意外かもしれませんが、一口に辞書といっても用途や対象により多くの種類があるのです。「権威」であろうとしていない種類の辞書も少なくありません。例えば、それとは逆に、現実に言語がどのように使われているかをありのままに記述することを意図している辞書も存在します。
また、辞書の価値を評価するときには、ページ数や見出し語数といった数字で表せることがらが指標とされるがちです。しかし、それは多数ある基準の一つでしかありません。辞書には、数字で表せない特徴がたくさんあります。辞書の評価の基準は、その辞書の目的や性質によって違ってくるはずなのです。
ですから、どのような辞書も、特長を生かして使うためには、その辞書の性質を把握することが重要です。そうでないと、その辞書の執筆編集で精力が傾けられた長所の部分に目がいかずに、それを生かす使い方ができなくなってしまします。見当違いの使い方をしたあげく、かえって不満な点ばかり目についてしまうことになりかねません。
『エスペラント日本語辞典』の辞書の最大の特徴は、「まえがき」に述べてあり、この連載でもすでに触れたように、「高度な学習辞典」を目標にすえて編集方針が定められたということです。エスペラントを使えるようになりたい、さらに高度に使いこなしたい、と思う人を主な使用者と想定して、その人たちの役に立とうとしているのです。
このことは、エスペラントという言語の性質をあらためて考えてみることによって、よりよく理解できるでしょう。エスペラントは、1887年に提唱された時点ではザメンホフの頭の中と40ページの小冊子の中にしか存在しませんでした。その後エスペラントは、使われることによって、人間同士が使う生きた言語へと成長を遂げました。このようにして、エスペラントは現在ではエスペランティストの意思と活動の中に存在しています。
エスペランティストが母語を異にする相手との間で各自の思考や感情、それに事実などを伝えあう(そして、それによって人と人が意見を交換し、心を通わせ、あるいは共同作業を行う)という、エスペラントを使って行われる言語活動の中にこそ、エスペラントの存在価値があります。エスペランティスト自身がエスペラントを中途半端にしか使っていないのであれば、エスペラントには誰かを引きつける魅力などありえません。エスペラントが発展していくためには、その活動の質的な向上と幅の広がりが必要なのです。
エスペラントの辞書の役割は、明らかに、このようなエスペランティストの活動のうち、語学的な面での質の向上に役立つことです。初級段階の人にもエスペラントを使ってできることはありますが、それはまだエスペラントの可能性を十分に発揮させてはいません。語学力がついて初めて、エスペラントをそれぞれの目的に活用できるようになります。エスペラントを始めたからには、ぜひそのレベルを目指してほしいのです。この『エスペラント日本語辞典』は、その助けになることを主目的にしています。
また、言語活動には「聞く」「読む」といった受動的な側面だけでなく、「話す」「書く」といった能動的な側面もあります。言語教育一般で、かつてはどうしても前者の受動的な言語使用の面が重視されがちでしたが、近年、後者の能動的な言語活動にも配慮されるようになってきています。この辞書もそのことを十分に念頭に置いて作られています。いわゆる発信型の辞書ということになります。
このような辞書に求められる性質は権威ではありません。むしろ言語活動を行う上での補助ということになります。言い換えると、この辞書は従うべきルールを定めているのではなく、エスペラントを実際に使おうとするときに頼りにすることのできる目安を示すものです。学習書、参考書の一種だとも言えます。
そのような目的を十分に果たすことができるようにという意図から、この辞書の全体的な構成や個々の項目の記述が決められています。そのような訳で、この辞書に書かれていることを適切に読み取って使いこなすには、まずこのような性質を理解することが早道なのです。
残念ながら、一冊の辞書ですべての人のあらゆる必要を満たすことはできませんし、辞書で扱うよりも教科書や文法書にゆだねる方が適切であるような事がらも多くあります。この辞書が語学力向上のために万能の力をもっているなどと言うことはできません。それでも、エスペラントの語学力を向上させたいという意思を持っている人であれば、初級から上級までのさまざまな語学力のレベルに応じて、役に立つ情報を読み取れるはずです。もちろん。役立たせ方は、使用者の語学レベルや関心の方向によって違うので、初級レベルの人が辞書に書いてあることのすべてを理解しようと思う必要はないのです。
上でこの辞書の性質として「目安」という言葉を使いましたが、ゆるやかな指針と考えてほしいという意味であって、辞書の記述がおおまかであるという意味ではありません。辞書である以上、信頼してもらえるような記述を目指したのは当然のことです。そのために、この辞書の執筆編集にあたって、編集委員の間で、意識的にまた無意識のうちに考慮したポイントがいくつかあります。それを整理して手短にまとめれば、エスペラントの計画言語としての整合性、(特に、近年の)言語使用の実態、そして教育的判断の三点ということになるでしょう。
次回は、これらの点をより具体的に説明しようと思います。
Kelkaj punktoj notindaj por efike utiligi Esperanto-Japanan Vortaron
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