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『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第80巻(2012)8月号, pp.7-8. 掲載

de vorto al vorto (32) kapti

後藤 斉


『エス日』では動詞kaptiに「速やかに自分の影響範囲に取り押さえる」という基本義を与えた上で、第1義に「〔具体的に〕捕まえる, つかむ;<身体や衣服の一部を>つかむ」と、第2義に「〔逃がさないように〕捕まえる, 捕獲する」という訳語をあてています。

前者は最も具体的には手の中につかみ取る動作で、kapti aŭdilon「受話器を取る」、kapti branĉon「枝をつかむ」などの例で状況を捉えやすいでしょう。多くの状況では手でつかむのであり、「手」を表現する必要は必ずしもありません。はっきりさせたければ、per la mano「手で」と付け加えることもできますし、per siaj fortaj manojのようにさらに修飾語をつけることもできます。手以外のものを使っているときには、per la dentoj「歯で」、per tenajlo「ペンチで」などと付け加える方が、誤解がないでしょう。

preniと近い意味ですが、kaptiでは「速やかに、さっと」といった様子がつけ加わっており、副詞subite, rapideなどでそれを強調することがあり、接頭辞ek-をつけたekkaptiで瞬間的なさまを際立たせることもあります。また、「しっかり」の感じを副詞forte, firmeで表すこともできます。

一方、第2義は、実際につかみ取るよりはもう少し広い捕え方の場合で、相手を追い詰めてその動きを封じる点に注目しているようです。kapti ŝteliston「泥棒を捕まえる」、kapti fiŝo(j)n「魚を捕獲する」、少し抽象化してkapti urbon「都市を攻略する」などが具体的な状況として分かりやすいでしょう。

第1義と第2義で「捕まえる」という訳語が重なっていることから分かるように、この二つはつながっていて、どちらかに分けることが難しい(あまり意味がない)例もありそうです。いずれにせよ、人や動物(ないし体の一部)あるいは物体について具体的に使われている場合については、とまどうことはあまりなさそうですから、ここでは、さらに抽象的な使い方を中心に見ることにしましょう。

kapti novajn klientojn「新しい顧客をつかまえる」は、もちろんkapti ŝtelistonのように身体を拘束する訳ではありませんが、別の形で自分の影響範囲に取りこむことを表しています。とはいえ、kapti fiŝonのように獲物を捕えるというイメージが残っていて、業者の視点からの直接的な表現に響きます。

一方、La flua traduko facile kaptas la leganton.は、「流れるような翻訳はやすやすと読者をとりこにしてしまう」あたりに相当し、その翻訳に対する素直なほめ言葉になっています。kapti la publikonも同様です。

これに近い意味を伝えるには、Liaj vortoj kaptis mian koron.「彼の言葉は私の心をつかんだ」のように、koroなどの名詞を目的語にする方が分かりやすいかもしれません。また、La foto kaptis mian intereson[atenton].「写真は私の関心[注意]を引いた」といった表現もよく使われます。kapti ies okulo(j)nでは、okuloは「注目」の語義になっているでしょう。

音を表す語が目的語になることもあります。kapti ĉiun sonon per la orelo「あらゆる音を耳で捕える」、kapti ĉiujn vortojn「一言も聞き逃さない」などです。逃しかねない音を努力して聞き取るという含みがあり、獲物を捕えるイメージとの類推が感じられるでしょう。kapti ondon「電波を捕える」、kapti signalon「信号を捕える」、kapti elsendon「放送を捕える」など、人間が直接知覚できない電波などについても同様です。

視覚的に捕える場合でも使えるはずですが、vidiやtroviなど使いやすい単語に隠れて、あまり出番は多くないようです。それでも、Liaj okuloj tuj kaptis etan ŝanĝon en ŝi.のように目を主語にして「見てとる、気づく」の語義で使うことはありそうです。また、kapti per fotilo「カメラで捕える」、kapti mirindan scenon「素晴らしい景色を撮る」のように、被写体の画像や映像を撮る状況では、獲物を捕る状況との類推が働きやすいでしょう。

kapti okazon [ŝancon]「機会をとらえる」もよく使われるつながりです。Ni kaptis la okazon por eldiri nian opinion.「機会をとらえて我々の見解を述べた」やKaptu la okazon.「機会を逃すな」という形でもよく使われます。kapti la plej oportunan momenton por startigi projekton「プロジェクトを立ち上げる絶好の時をとらえる」も似た使い方です。

心的なとらえ方の場合もあって、kapti signifonでは「理解する」に近い意味になっています。kapti sencon, nuancon, intenconなどの表現もあります。kapti situacion, problemonも同様です。この語義では、修飾する副詞としては、ĝuste, bone, pleneなどがふさわしいでしょう。なおkapti mesaĝonは、状況によって、聴覚的に「聞き逃さない」でも心的に「理解する」でもありうるでしょうか。

Mi subite kaptis bonan ideon [penson].「突然よい考えを思いついた」では、少し異なる心的なとらえ方が表されています。おもしろいことに、これとほぼ同じことをSubite bona ideo kaptis min.と表現することもできます。後者では、人の意識的行為なしに考えが現れてきたかのように表現しています。

kaptiは基本的な語義としては主語である人の意志を伴う行為であり、抽象的な語義に転じている場合も大抵そうなのですが、思考や感情を表す抽象名詞が主語となり、人を表す目的語をとることがあるのです。kaptiの「捕える」という基本的な意味からして、Min kaptis maltrakvilo kaj timo.「不安と恐れが私を捕えた」のように、冷静さを欠いた高ぶった感情を意味する語の場合に特に使いやすいでしょう。ほかに、iluzio, deziro, tento, bedaŭro, timo, teruro, furiozo, konfuzo, emocio, kolero, konsterniĝo, nostalgio, angoroなどが使われています。

病気も同様で、kapti malvarmumon「風邪をひく」、kapti nazkataron「鼻炎にかかる」などと並んで、Podagro kaptis min.「痛風にかかった」のように使った例があります。

kaptiĝi「捕まる, 捕えられる」には、kaptiのいくつかの使い方に対応した使い方があります。kaptiĝi en malliberejo「牢獄に捕えられる」、kaptiĝi en ŝtormo「嵐で足止めを食う」、kaptiĝi de la beleco「美しさのとりこになる」、kaptiĝi de pesimismo [entuziasmo]「悲観論[熱狂]にとらわれる」などです。


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