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『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第81巻(2013)3月号, pp.20-21. 掲載

de vorto al vorto (38) simpla

後藤 斉


simplaは、文字通り「単純な, 簡単な」単語で、「シンプル」という外来語もあって、比較的なじみやすいでしょう。しかし「simpla = 単純な」といった単純な捉え方をすることは適当ではありません。

simplaにはfacila「容易な」と意味の上で重なる部分があり、simpla / facila respondoのようにどちらも使える場合がありますが、違っている部分も多いのです。その違いを日本語の訳語から理解しようとするのは、適切ではありません。simplaを「容易な」と訳せる場合も少なくないのです。

『エス日』ではsimplaの基本義を「構造や内容などがすっきりしていて見通しやすい」とし、facilaの基本義を「事柄の実現や解決に労力を必要としない」としています。さりげなく書いていますが、simplaはそのもの自体の構造や内容に着目していることがポイントです。そこで、simpla respondoは「込み入っていない回答」などといった含みがあります。

一方、facilaの方は労力、つまり人が積極的に関与する際に必要となる、なにがしかの手間が前提となっています。facila respondoは「手間をかけずにできる回答」あるいは「すぐに理解できる回答」などの含みです。実際にはその違いにあまりこだわらずに使われている場合も見受けられますが、基本的な違いはおさえておきましょう。

simplaの語義を最も具体的に捉えやすいのは、『エス日』の例文の最初にあるsimpla plano[mas^ino]「簡単な計画[機械]」でしょう。具体的に、あるいは抽象的に、内容が込み入っていないさまを形容しています。simpla strukturo, formo, instrumentoなども同様です。

エスペラントに関してsimpla gramatiko, lingvoなどの表現もよく聞かれます。しくみとしての単純さを表します。なお、facila lingvoであれば、学習や理解において困難が少ないさまの形容です。

言語表現については、主に、込み入っていない平明さを形容します。simpla teksto, esprimo, stilo, mesaĝo, rakonto, klarigoなどです。respondi per simpla "jes" aŭ "ne"と言うこともできます。ごちゃごちゃと理由や留保条件をつけずに、ただ一言、jesかneだけで答える状況です。

simpla vorto, verboも同様に平明さを表すのですが、その他に、これらのつながりでは専門的な概念として、(接頭辞や接尾辞のついた)派生語や(esti -antaなどの)複合時と対比して使われていることがあります。simpla frazoにも文法用語「単文」としての決まった使い方があります。

simpla metodo, maniero, rimedoなどは難しくないでしょう。simpla solvo, logiko, aritmetiko「算数」も理解しやすいはずです。

simpla (loĝ)domoは、店舗などと複合していないという、機能面での単純さを表すこともありえますが、造作の単純さを表すことの方が多いでしょう。「簡素な家」です。simpla manĝ(aĵ)o, vivoでも簡素さないし質素さを表します。

simpla popoloは、おおむね、特別の身分にない一般民衆を指すでしょう。simpla membroは特別会員や役員でない「一般会員、平会員」、simpla laboristoは「一介の労働者」といったところでしょうか。

simplaの使い方はもう少し微妙になることもあります。「単純さ」と言っても、文脈によって具体的にはさまざまな意味での単純さを表すことがあるからです。上のdomoの場合もそうでした。simpla homoになると、simplaが表すのは、言動や考え方の上での単純さ(素直さ)、特別の地位にないという意味での単純さ、超人的な英雄と対比しての単純さなど、前後の状況によってさまざまの可能性があります。ここに尊重や謙遜、軽蔑などのプラス・マイナス両方向の評価を伴うこともあり、時として誤解のおそれがありうることに注意ましょう。

『エス日』では第3義として「〔それ以上でも以下でもない〕単なる; まったくの, 純然たる」を挙げて、Tio estas simpla promeso.「それは単なる約束に過ぎない」などの例文が挙がっています。この例文では、「実現を保証するものではない」などの含みを読みとることになります。simpla demandoは「簡単な質問」のほかに、「反語や皮肉など裏の意味のない、純粋な質問」の意味になることもあります。

上で触れたように、simplaは「ただ…だけ」と重なる部分もあります。Simpla telefonvoko sufiĉas.「ちょっと電話するだけでいい」のような使い方です。この用法はかなり使いでがあって、動詞から派生した名詞とともによく使われます。前置詞perとも相性がいいのです。Vortoj kunmetitaj estas formataj per simpla kunigo de vortoj.「合成語は単語をつなぎ合わせるだけで形成される」、Specimeno haveblas per simpla peto sur poŝtkarto.「葉書で請求しさえすれば、サンプルが手に入る」などです。

ですからsimplaはnurとも相性のいいところがあります。vorto komprenebla nur per simpla aŭdo「ちょっと聞くだけで理解できる単語」など。ザメンホフ訳の『アンデルセン童話』にあるnur simpla lundoは「祝日でないただの月曜日」の意味で、simpla lundoをさらに際立たせた表現です。

副詞simpleを「簡単に」として使っている場合(klarigi simple「簡単に説明する」)や「質素に」の場合(vivi simple「質素に生活する」)は難しくないでしょう。

simpleの『エス日』の第3義は「単に」という訳語しか挙げていませんが、例文 Li estas simple stultulo.「彼は単にバカなのだ」では「端的に言って」の含みがあります。Mi simple ne povas toleri.「何と言おうと我慢できないのだ」からわかるように、「単に」という訳語をただ当てはめておくだけではすまない例も少なくありません。Oni devas simple akcepti la fakton.は「四の五の言わずに(いさぎよく)事実を受け入れねばならない」に近いのです。

simpleはある種のぶっきらぼうさを付け加えることもあります。Simple forĵetu ĝin.「(そんなものにかかずらうのはやめて)捨ててしまえ」、Mi ne povas simple foriri.「ハイさようなら、というわけにはいなかい」のような場合です。

『エス日』を含めて多くの辞書に採録されていませんが、このsimpleの強めとしてtutsimpleが使われることがあります。口語として感情を込めて言いたい場面でぴったりです。


この連載は今回をもってひとまず終了します。ご愛読ありがとうございました。エスペラントが生きた言語であることを実感しつつ、エスペラント活動をさらに豊かなものにするために生かして頂ければ幸いです。

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