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『エスペラント』第55巻(1987)10月号, pp.15-16掲載

大会の講演を聞いて

特集●UK(第72回世界エスペラント大会(ワルシャワ,1987)) IJK

後藤 斉


国際大会大学 (IKU)の講演をいくつか聞いたが、 J.C.ウェルズ の世界の言語についての講演シリーズが最も印象に残った。

IKUでは他に M.ボウルトンの「エスペラントの演劇」、 U.リンスの 「ヘクトル・ホドラーの遺産」、 V.ベンチックの「戦後のエスペラント散文の 発達傾向」も聞いて、それぞれおもしろくはあったが、これらエスペラント学 関係のものは IKUの本来の趣旨とはあわないのではないか ?

エスペラント学については別にエスペラント学会議 (Esperantologia Konferenco)があり、ウェルズ、リンス、 D.ブランケ、 N.サルヴスンの 4人が これも興味深い発表をした。また、講演ではないがエスペラント・アカデミーの 公開会合では 10人ほどのアカデミー会員が聴衆からの語学についての質問に 答えた。さすがになかなか洒落た答え方をするものだと、感心させられたものも あったが、むしろつまらない質問にあきれることが多かった。アカデミーの会合とは いえ、答えるのはあくまで個人の資格ということで、はぐらかされたような気も した。そのなかで、ブランケがアカデミーは単なる慣用法の確認・追認をするだけで なく、専門用語の確定などで指導的な立場をとるべきだと注文をつけたのが めだった。

これらはみなエスペラントに直接関係するものなので、エスペランティストが 関心を持つのはある意味で当然ではあるが、会場がいつも 300人ほど (?)の聴衆で ほぼ満員だったのは印象的だった。

さて、ウェルズの世界の言語シリーズはそれとは違い、内容自体は エスペラントとは全く関係がない。エスペランティストに世界の (特に ヨーロッパ以外の )言語についての教養を高めてもらおうという意図でしばらく前の UKから行っていて、すでにオーストラリアやアフリカの言語などについては 話した、とのことであった。私は UKには初参加なので初めて知ったのだが、 いい企画だ。それにシャーロック・ホームズばりのイギリス紳士が精力的なのには 驚いた。さきに述べたエスペラント学会議のほかに四つの講義をこなすのだから。

さすが音声学者だけあって、発声は耳に心地よかった。そればかりか話し方も まさに当意即妙であって、聞く人をひきつける力があった。本当にうらやましい 話術だとしかいいようがない。

聴衆も 300人ほど (?)の大入りで、しかも熱心にメモをとる人もめだった。 むしろ、終わったとたんにがくっと減って、次の講演者が気の毒なくらい。 エスペランティスト大衆の中に (ヨーロッパからみれば )エキゾチックな言語への 関心が高いことがわかって、エスペラント文化の健全な発達をみたような 気がした。

肝心の講義のタイトルは「東アジアの言語」、「南太平洋の言語」、「南アジアの 言語」、「ウェールズ語の構造」である。最初のものは、中国語、韓国語、 日本語を扱い、特に中国語の四声、日本語の膠着性や敬語、韓国語の 平音、濃音、激音の区別などに触れた。 (この講演の後で、中国人代表の張企程氏、 韓国人代表の徐吉洙氏らとともに壇上にあげられモルモットよろしく写真を とられてしまった。) 2回目はマダガスカルからイースター島にいたる アウストロネシア語について譲渡可能所有と譲渡不可能所有の区別などを指摘し、 3回目はインドの諸言語の話で、ヒンディー語とウルドゥ語ーの関係などを話題に した。ウェールズ語については動詞が文頭にくるという、われわれにとって めずらしい特徴を解説してくれたほか、少数民族の言語という観点からの指摘も あって、私にとって最も興味深かった。

講義のレベルはそれほど高くはない。言語学を本格的にやった人なら 基礎事項として習うようなことであるし、ウェルズもこれらの言語を専門に 研究しているわけではない。 (もっとも術語を知らないひとにはとっつきにくかった らしいが。 )ウェルズ自身、ウェールズ語以外は学んだことがないと言明していたし、 ブルシャスキ語がインドのどこで使われているか質問されて、こともなげに 「知らない」と一蹴していた。少なくとも日本語については我々の方が 知識も直感もあるはずで、彼自身それを認めていた。

しかし彼の講義は、一般の教養のアップを目指していたのであり、この目標から すれば申し分のないものであったといえる。ウェルズについてはクールな 書斎派の学者を想像していてあてがはずれたのだが、かえって尊敬してしまった。

このような講義をこなす講師が何人も存在し、それについていく聴衆も 多数いるということで、 IKUが形だけのものでなくエスペラント文化の一部を なしているということがわかったのは、今回の UK参加の収穫のひとつであった。


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