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『エスペラント』第65巻(1997)6月号, pp.12-13掲載

「プラハ宣言」への視点

後藤 斉


「プラハ宣言」は「国際語エスペラント運動に関する」と冠せられている通り、 エスペランティストが現在における自分たちの立場を明らかにしようとして いるものである。しかし、この宣言は決してエスペランティストの側からの 一方的な宣言と考えるべきではなく、より広い文脈においても評価されるべき 意義をもっている。

その文脈とは、世界の言語状況である。エスペラントが19世紀に提唱された ときに念頭に置かれていた当時の言語状況は、言語の混乱(「バベル」)と 呼べるものであった。20世紀も末を迎えた今日の世界の言語状況は、経済の用語を 借りれば、言語の寡占と呼べる。世界の多くの言語のうちごく少数の 「大言語」への著しい集中が見られるのである。

ある学者の見積もりによれば、世界の6760の言語のうち269語の話し手の数の 合計で世界の人口の96%になるとのことである。つまり、残りの大部分の言語は その話し手の数を合計しても世界の人口の一割にも満たない。また別の学者の 推定では、世界の約6000の言語のうち、(1)子供が母語として習得しなくなった言語が 20〜50%、(2)現状のままでは来世紀までに(1)の仲間入りをする可能性のある言語が 40〜75%、(3)将来にわたって安泰な言語が5〜10%となっている。つまり、 世界の言語の半数近くが21世紀中に消失するであろうし、悲観的に見ると95%の 言語が消失してしまう可能性さえあるということである。

地上から生物の種(しゅ)が急速に失われつつあることはマスコミで報道される ことも多く、環境保護運動には広い関心が集まっているが、言語も現在同様の状況に ある。言語間に不平等があり、強国の言語がより多くの話し手を集める状況は 古代から世界各地で見られた現象であるが、世界の半数もの言語にとって事態が もはや回復不可能であるということは人類史上での大事件だとも言えよう。

しかも、ここ数十年の間に急速に強まっているのは、再び経済の用語を 借りれば、「ガリバー型寡占」の状況、つまり、全世界的規模での英語の一人勝ち である。政治、経済、科学、ジャーナリズム、スポーツなどの広範な分野で、 国際的なコミュニケーションが英語のみを通じて行われるような場面が圧倒的に 増えている。

かつてヨーロッパの国際語であったフランス語は、存立や特定の国家間での 国際的な使用という点では安泰であるが、全世界的な規模での使用を見ると 完全に英語に水を開けられてしまった。フランス語の関係者はこれに大きな危機感を 抱いており、昨年(1996年)東京で開かれた国際フランス語教授連合の世界大会では 政治絡みのテーマが大きな位置を占めていたし、「言語と文化の多元主義」を 社会にアピールすることをねらっていた。(「多元主義」といっても、 少数民族言語の保護を意図している訳ではなく、「英語の他にフランス語も 忘れないで下さい」ということにすぎない。)

このように英語が全世界的に通用するようになることは、一見すると、 「バベル」の解消であるかのようにも見える。世界のどの国・民族の人とも一つの 言語で話し合えるという理想が実現されつつあるかのようである。特に、経済的な 観点からはまことに好ましいことだとさえ言えるのかもしれない。そして、 英語の世界的な使用が「バベル」の解消であるのならば、エスペラントは 不要だということになる。英語の使用を擁護する人の中には実際にそのように 主張する人もいる。

しかし、この状況が人類にとって本当の進歩であるかを問う人もまた多い。 各民族が長年の歴史の中で築き上げてきた文化とそれをささえる言語とは、 人間がもつ豊かな可能性の現れである。それが消えることは、人間の可能性を 狭めることにほかならない。人間の本質を解明するための手掛かりをなくして しまうことである。

プラハ宣言は、言語の寡占、特に英語による「ガリバー型寡占」という現在の 状況が「バベル」の反民主的で不平等な「解決」に過ぎないことを明らかにし、 現在の言語状況でのエスペラントの立場の正当性を広くアピールしようとする ものである。宣言文の中で英語を名指しするかどうかについては、その影響を考え、 賛否の議論があったと聞く。しかし、英語を名指ししなかったとしたら、 具体性を欠く迫力のない文章になってしまったはずである。言語や文化の 多様性を保ち、それぞれを尊重しながら、国際的なコミュニケーションを低い コストで可能にする現実的な選択肢としてのエスペラントは、言語の寡占状況、 とりわけ英語がもたらす「バベル」の偽りの解決の前で依然として正当性を 持っているということを広く訴えている点が、より広い文脈においたところでの プラハ宣言の意義だと言えるであろう。


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