長谷川耿子(こうし) 俳句選

長谷川耿子(1928〜1997年)は、山形県上山市出身の俳人。句集に『十年』(1981年)『月山』(1992年)『雛の箱』(1998年)『自註現代俳句シリーズ長谷川耿子集』(1994年)、評論・エッセーに『やまがた俳句散歩 山寺・最上川・月山』(2004年)がある。「胡桃」主宰、山形県俳人協会会長などを務めた。

句集『十年』(1981年)より

夏祭綿菓子つひに買わざりき    (1970年)
雪の山今暮れんとす青うねり    (1970年)
桜桃の花の白さの闇にあり     (1971年)
梨咲くや月山の峰あるかなし    (1971年)
蟬騒ぐ山寺発のバスの中      (1972年)
犬鷲の檻にありても岩に立つ    (1973年)
花りんご杉の鉾立つ羽後に入る   (1974年)
威し銃聞ゆる臨時停車かな     (1974年)
橇干して出羽に湧き立つ雪解雲   (1975年)
一家族枝垂桜の下にかな      (1975年)

光堂出ててかなかなつくつくし   (1976年)
蓴菜の吸もの酢もの羽後にあり   (1976年)
頷きが言葉となりぬ初時雨     (1977年)
撃たれ熊もんどりうつを見たりけり (1977年)
獅子舞に噛まれて母や喜の齢    (1979年)
日矢と落つ羽黒の塔の雪卸     (1979年)

句集『月山』(1992年)より

淑気満つ太き巻尾の秋田犬     (1982年)
雪合戦茂吉の歌碑がその楯に    (1984年)
故郷を離れずじまひ啄木忌     (1984年)
大袈裟に転びホワイトクリスマス  (1984年) 

月山にかかる笠雲梅雨はじめ    (1985年)
花笠を踊るも見るも浴衣がけ    (1985年)
あれも干せこれも干せよと菊日和  (1985年)
還暦の身を沈めたる初湯かな    (1986年)
茂吉現れよ冬川霧の最上川     (1986年)
青鷺の足揃へ翔つ最上川      (1986年)
秋立つや松島にして松のこゑ    (1986年)
今日のこと今日片付けて天の川   (1987年)
すでにして轡つけたる仔馬かな   (1988年)
威張った字書けと茂吉や初硯    (1989年)

 みちのくの仏の山に春の月     (1989年)
 生きてゐる限り続きぬ敗戦日    (1989年)
 師系みなここに連なる獺祭忌    (1989年)
 芽起しの雨となりたる茂吉の忌   (1990年)
 滴りの黒光りして岩分つ      (1990年) 
 山河みな茂吉の歌や恵方道     (1991年)
 金切声飛ばして女闘鶏師      (1991年)
 真四角な農学校の蓮の池      (1991年)

 句集『雛の箱』(1998年)より

 湯殿山神の使ひの穴まどひ     (1991年)
 刈株に霧の這ひよる最上川     (1991年)

 餅搗唄観音様を喜ばす       (1992年)
 初夢や手に乗る鳥と乗らぬ鳥    (1993年)
 貞任も吉次屋敷も青田風      (1993年)
 虫干の辞令や過ぎしことばかり   (1993年)
 妻跪む茂吉の好きな翁草      (1993年)
 ご詠歌やいま流燈は灯の帯に    (1993年)
 瑞々し波郷の五月来たりけり    (1994年)
 デッサンの嗣治の猫や梅雨に入る  (1994年)
 朝な摘む出羽の高瀬の紅の花    (1994年)
 薪能始まる紺の夜空かな      (1994年)

 雲海や出羽の五岳の嶺揃ふ     (1994年)
 曾良の蟬芭蕉の蟬と競ひけり    (1995年)
 左義長や星になれざる火の粉降る  (1996年)
 山笑ふ山のかたちの雨情詩碑    (1996年)
 辻ごとの古き良き名や恵方道    (1997年)
 みちのくの寝釈迦の扉開く日かな  (1997年)
 転勤を重ねて来たる雛の箱     (1997年)
 娘の膝に水のきらめく流し雛    (1997年)
 囀や机の上の未定稿        (1997年)
   遺句
 病院の玻璃窓厚き花便り      (1997年)

2015年5月11日 長谷川冬虹選