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教員一覧

教員のよこがお

人間科学 心理学

教授大渕 憲一
おおぶち けんいち

博士(文学)。
[主要担当科目]「社会心理学概論」「社会心理学各論」「社会心理学演習」

研究者データベース

紛争と攻撃性の研究

佐賀の吉野ケ里遺跡を何度も訪れていますが、8年前、最初の強烈な印象は今でも忘れられません。 環濠集落の精緻な構造や規模の大きさもさることながら、それ以上に印象的だったのは、 それが内堀と外堀、さらに木柵、土塁、逆茂木などによって何重にも防護された「城塞」集落だったことです (城壁こそありませんが)。 復元されたその遺構は、外敵から身を守るという強い意志を鮮明に示すものでした。 その門構えから浮かび上がる、古代人の他者に対する強い警戒心と疑心暗鬼、 あるいは恐怖心に私は圧倒されました。
環濠集落の時代は「弥生時代」とよばれます。 しかし、その女性的で柔らかいことばの響きとはうらはらに、 それがいかに危険に満ちた「紛争の時代」であったかを、この遺跡は如実に表わしています。 当時のわが国は、たぶん、こうした大規模な集落が数多く存在し、 食糧その他の資源をめぐって互いに対立抗争を繰り返し、弱い集団は強い集団によって支配され、 物的・人的資源が収奪される、そんな時代だったのであろうということが、 この遺跡から肌で感じられました。 日本の古代は、こんなにも危険な時代だったのかというのが偽らざる感想でした。
吉野ヶ里遺跡は、私にとって関心の深いもうひとつの資料を提供してくれています。 環濠集落の北部には墓地が広がり、土中からおびただしい甕棺が発見されました。 それとともに多くの人骨も出土しましたが、興味深いことは、 その中に戦傷痕がみられるものが少なくなかったことです。 鏃が挟まったままの胸骨、武器で殴られたと思われる陥没した頭がい骨、 そして首を切り取られた人骨などです。実は、世界各地の古代遺跡で発掘される人骨に、 しばしば戦傷痕が見られることは以前から報告され、それは、 人類がその歴史の初めから戦乱や紛争の中に生きていたことを意味するものでした。 吉野ヶ里遺跡の人骨は、日本の古代もまた例外ではないことを示しています。
古代人を悩ませたものとまったく同じ問題を、現代人の私たちも抱えています。 2度の世界大戦、民族大虐殺、原子爆弾の投下などが起こり、 「戦争の世紀」と呼ばれた20世紀が幕を閉じても、いっこうに紛争が収まる気配はありません。 今世紀に入り、紛争は国家の枠を越えて、むしろ燎原の火は広がりを見せています。 そうしてみると、紛争と葛藤は、文字通り人類とともにあり、 これにどう対処するかは人類の普遍的課題であるともいえます。
しかし、紛争や葛藤は、部族や民族など集団間にのみ起こるものだけではありません。 それ以上の頻度で、私たちの身近に起こっています。 それは、親子、夫婦、職場などあらゆる人間関係に伏在して私たちを悩ませ、 時にその邪悪な姿を現して、私たちの人間関係を脅かします。 吉野ヶ里遺跡は、集団間の紛争が今日同様に激しいものであったことを明瞭に示していますが、 対人葛藤がどうであったかについては、残念ながら教えてはくれません。 吉野ヶ里に住む人たちにとって人間関係はどうだったのでしょうか。 現代の私たちのように、対人葛藤に悩むことはなかったのでしょうか。 そうであって欲しいと願う反面、人間の本性が変わらないのであれば、 やはり本質的には同じ悩みを抱えていたのではないかと思ってしまいます。

『葛藤と紛争の社会心理学』(北大路書房、2008)より