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R.H.ロウビンズ『言語学史 第三版』

中村完・後藤斉訳, 研究社出版, 1992. ISBN978-4-327-40100-9. [ 国立国会図書館サーチ | CiNii図書 | [原書第四版の情報]



表紙

目次

訳者あとがき

本書は,言語学史を概観するものとして定評のある,R.H.Robins, A short history of linguistics, third edition, London, 1990,を全訳したものである.原題を直訳すれば『言語学小史』とでもなるで あろうが,類書に比べても内容において特にひけをとるものでないことを考え, 本訳書の題は『言語学史』とすることにした.

ロウビンズ教授の著書はすでに二冊が日本語に翻訳されているが,かなり 以前に刊行されたものであり,現在では入手が容易ではないと思われるので, その経歴をあらためて紹介することも無駄ではなかろう. ロバート・へンリー・ロウビンズ教授は1921年の生まれである. オックスフォード大学を卒業後,1948年に ロンドン大学東洋アフリカ研究所 (School of Oriental and African Studies) に言語学の講師として就職, 66年にロンドン大学一般言語学教授となり86年に退官するまでその職にあった. その間ヨーロッパ言語学会 (Societas Linguistica Europaea) の会長を勤めたほか, ヘンリー・スウイート学会 の初代会長にも選ばれた.また,77年からは 言語学者常置国際委員会(CIPL)の 会長であって,退官後の現在もこの任に あたっている.82年に第13回国際言語学者会議が東京で開催されたおりには この肩書きにおいて開会および閉会の挨拶を行ない,片言の日本語をまじえるという, 開催国への配慮も示した.

ロウビンズ教授は上記のように大学において一般言語学を担当していた. 教授の論文集 Diversions of Bloomsbery, Amsterdam, 1970,の冒頭を 飾るものが教授就任講義を再録した ‘General linguistics within a liberal education’ であるのは象徹的である.代表作の一つ General linguistics: an introductory survey, London, 1964, はそこに披瀝された 該博な言語に対する知識・理解が評価されて版を重ね,ヨーロッパ各国語に翻訳された ほか,日本語にも西野和子・藤森一明両氏によって 『言語学概説』(開文社, 1970)の題で翻訳されている.

しかし,ロウビンズ教授が有名なのはなんといっても言語学史の専門家として であろう.処女作であるAncient and mediaeval grammatical theory in Europe, London, 1951, からしてすでに広く好評を博し,日本でも 郡司利男氏の翻訳により 『ヨーロッパ古代中世文法論』(南雲堂, 1962)として 出版された.また,教授への献呈論文集は,なかば当然のこととして西洋言語学史を テーマとして編まれることになって,T. Bynon and F. R. Palmer (eds.), Studies in the history of western linguistics: in honour of R. H. Robins, Cambridge, 1986, として刊行されている (この献呈論文集は, 本書(第三版)にも参考文献の一つに,そうとは明記されずに,挙げられている). この意味で,本書はロウビンズ教授の真骨頂であるといってよい.

とはいえ,彼の著作目録の中にジャワ島のスンダ語とアメリカ・インディアンの ユロック語についての論著が少なからず見受けられることを見逃がすべきではない. これらの(ヨーロッパ人にとって)エキゾチックな言語の研究は彼の一般言語学研究の 背景にあって,それに深みを与えていると考えられる.と同時に,本書の中に 見られる,研究の蓄積がない段階での言語研究に尊敬の念をいだくべきであることや, フィールドでの調査に基づく言語記述が言語学者にとって有益な訓練となりうることの 記載も,著者自身の経験と関連していると考えておいてよいであろう.

本書は1967年に初版が出版されたが,独創的な見解が含まれていたこと,それまで 軽視されてきた時代や場所にも目を向けたこと,などの理由で,ただちにこの分野の 基本的な文献とみなされることになった(著者は,本書が初等教科書にすぎない,と 述べているが,これは謙遜である).ここで一つだけ本書の特徴を挙げるとすれば, 言語学史を個々の事項の羅列としてではなく,流れとしてとらえようとしていることで あろう.しかも,次の世代への直接の影響関係だけではなく,時代や場所を飛び越えて 共通にみられる特徴をも探ろうとするのである.本書にはクロス・レファレンスが 多いことにそれが端的に現われている.

本書はヨーロッパ各国語に翻訳され,1979年に第二版が,そして90年に第三版が 刊行された.序文によれば第三版は第二版に最小限度の改訂を加えただけのようで あるが,細かく見てみると決してそうではない.これまた著者の謙遜の現れであって, 実は,大幅な加筆・構成がえが最終章にあるのは当然としても,数行以上の 加筆・削除は全章にわたってまれではなく,ほとんどのページになんらかの修正が あるといえるほどである.第三版はこのように良心的な改訂なのであるが, 残念ながら新たに版を組み直す過程で文章に乱れが生じた個所が散見される. 訳出にあたって第二版や原典などを参考にして訳者の責任において訂正を加えた部分が あるが,これが原著者の本来の意図に沿うものであることを望むものである.

本書の翻訳はもともと,英語学の安井稔教授のお勧めもあって,中村が70年頃から 着手していたのであった.しかし,古今東西の言語学について該博な知識を必要と され,ロウビンズ教授の重厚な文体を伝えきれないこともあつて,なかなか決定稿に いたることができないまま時間が過ぎていった.幸い,後藤が共訳者として協力できる 状況になり,また,原書第三版が出たのを機にして,何とか完成にこぎつけることが できた.この間辛抱強く待ってくれた研究社出版の方々,特に最終担当者の高木順氏に はまったく感謝の言葉もない.なお,校正と索引の作成には東北大学文学部助手 池田光則氏の助力をあおいだ.記して謝意を表したい.

西洋中世の智者は「われわれは巨人の肩にとまった小人のごときものである」と 語った.言語学に関心を持つ人が,自分がその肩に乗っている巨人は いかなるものであるか知りたくなったときに,本書が手助けとなることがあれば, 訳者としての喜びはこれにまさるものはない.

1992年1月

訳者 中 村  完
   後 藤  斉

正誤表

ページ
352ἐγραψεγραψε (無気息記号と鋭アクセントつきのイプシロン)
49注94 -3edseds.
1851いた4)いた4))
199-7内的言語形式に対内的言語形式)に対
251注68 2edseds.
2721AntientAncient

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