最終講義聴講記 9 March 2018

木村 邦博

※2018年3月9日に末光眞希先生(電気通信研究所)と齋藤忠夫先生(農学研究科)の最終講義を聴きに行きました。この文章はそのときに考えたことを記録し、4分割してFacebookに投稿したものです。

I.
3月9日、おふたりの先生の最終講義を聴きに、青葉山キャンパスに行きました。末光眞希先生(電気通信研究所)「表面の深さ−バルク結晶から二次元結晶への旅路−」と齋藤忠夫先生(農学研究科)「酪農科学との45年の歩みと重み」です。
末光先生は男声合唱団の顧問や学友会文化部部長を長く務められていたので、吹奏楽部顧問をしていた私は大変お世話になりました。齋藤先生とは川渡セミナーハウスの運営に関わる委員会で、どうしたらもっと活用してもらえるのかを一緒に楽しく議論させていただいたことが思い出になっています。それぞれ、専門的な部分は私にはわからないことの方が多かったのですが(そのため以下の文章の中には誤りがあるかもしれません)、特に研究者としてのキャリアを歩み始めたモチベーションやアイディアの育て方など、印象深い内容のお話に感銘を受けました。

II.
末光先生はまず第一に、様々な分野の研究者や技官などのスタッフとの出会いに支えられて研究を進めることができたことに感謝しておられました。また、条件を変えて実験を繰り返すことで意外な現象を発見できるという信念と粘り強さ、実験データを説明できるようなメカニズムに関する数学的モデルの探求をしなければ研究を完成させることができないという姿勢などを、科学にとって大切なこととして挙げていました。さらに、アイディアのひらめきは知識を詰め込んだ後しばらくして思わぬ時と所で生じるので、途中で諦めず徹底的にやることが重要だ、ということも強調していました。そのような学習過程の中で、基礎的な知識と思われていたことも意味づけが変化し、最先端のテーマに結びつくのです。たとえば、薄膜の成長過程について考え続けていたある日、キャンパス内の書店で『忘れていませんか? 化学の基礎の基礎』という概説書を見つけたことがきっかけで、自己触媒反応モデルの展開につながったそうです。
末光先生は学生の教育にも熱心に取り組まれてきました。現実の問題はほとんど「不良設定問題」で解がなかったり解が何種類もあったりするけれども、それを解が絞れる「良設定問題」へと変換する力をつけさせるのが大学教育だとの信念を表明されました。最後に、音楽と科学の共通性を熱く語り、ピアノ伴奏でヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」を披露されました。

III.
齋藤先生はチーズやヨーグルトなどの乳製品を例に挙げてお話しくださいました。齋藤先生も、人との出会いの重要性を指摘されました。研究室の恩師・先輩・後輩、就職先の上司、学会等で知り合った研究者にかけてもらった言葉に導かれ研究が発展したと述べておられました。また、ラットの腸管を使った研究で論文投稿をしたら査読で「なぜヒトの腸管を使わないのか」とコメントされ困っていたところ、学内イベントでの医学研究科教授との出会いから共同研究が可能になり問題を解決できたというエピソードなどを紹介されました。
研究の進め方に関するお話も示唆に富むものでした。たとえば、常乳の研究で海外の研究者グループに先を越された後、視点を変えて今度は初乳の研究をタッチの差で論文にすることができ、それがさらに初乳から常乳への変化メカニズムに関する課題につながったこと。従来の方法を他の目的のためにも使えるのではないかというアイディアが重要だったこと、などです。
先生は、利用にまでつなげることが農学としては大切であることや、情報発信を積極的にしていくことが必要であることも強調されました。論文執筆や学会発表はもちろんのこと、オープンキャンパスやテレビ出演にも積極的に関わっています。一般向けの書籍に『チーズの科学』(講談社ブルーバックス)があります。大学広報誌『まなびの杜』編集委員会委員長も長年にわたりお務めになりました。教育面では、企業の支援を得てチーズを実際に作る実習を充実したものにしていることも、その様子を収めた多数の写真から伺うことができました。

IV.
おふたりの先生の最終講義を聴講して、ふだんからもっとお話を伺っておけばよかったと思いました。様々な分野の研究から学ぶべきこと、学べることは多いとあらためて実感しました。私も人との出会いを大切にしていきたいと思います。
他方で、私が定年を迎えるまでに果たして先生方のような優れた業績を残せるだろうかと考え、反省することしきりでした。もっとがんばらなければいけません。ただ、社会科学自体が測定や理論化の面で、根本的で深刻な問題を抱えているのかもしれません。そうだとしたら、より科学的な営みへと向かうためにはどうすればよいのか、あるいは科学とは異なる形の知的営みを目指すべきなのか、といったことについて深く考えて行ければと思います。

初出:2018年3月10日 Facebook (公開範囲:友達)

Aobayama Commons

東北大学 青葉山コモンズ(2018年3月9日撮影)