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【企画・司会】 行場 次朗(東北大学)

従来より基礎と臨床の補完性、あるいはギャップの問題は、非常に大きな問題として、何度も取り上げられてきました。例えば、2004 年に故・本田仁視新潟大学教授が主宰された日本基礎心理学会第23回大会においても、「基礎と臨床―共通の言語を求めて」というシンポジウムが開催されました。近年、基礎と臨床の共通言語の摸索段階を跳び越えるような勢いで、例えば、統合失調傾向、自閉性障害傾向、注意障害傾向などの問題に対する基礎心理学的手法によるアプローチが盛んになっています。それらの研究では、単なるスクリーニングテストや診断ツールの役割を超えて、障害や病態の本質やメカニズムに迫るような知見が続々と提供されつつあります。本フォーラムでは、このような研究領域で先端を走る4 人の講演者をお招きして、最新の見解や今後の展望について議論します。皆様のご参加を心より御待ちしております。

 

【講 演】

丹野 義彦(東京大学) 「基礎心理学と臨床心理学の協調は欧米のトレンドである」

欧米の心理学においては、3つの大きなパラダイムシフトがおこりつつある。第1 は、精神分析療法から認知行動療法へ移行である。第2は、エビデンス(科学的根拠)にもとづく実践の定着である。第3は、職業としての科学的臨床心理学の確立である。3つの動きは、震源地は異なるが、実は大きなひとつのパラダイムシフトである。根底には「基礎心理学に裏づけられた臨床心理学の確立」というシフトがある。 認知行動療法や無作為割付対照試験 (RCT) は基礎心理学と関連が深いし、欧米の臨床心理士は基礎心理学を学んだうえで臨床実践をおこなっている(科学者-実践家 モデル)。しかし、残念ながら、わが国の臨床心理学と基礎的心理学の交流は稀薄である。両者が協調するとお互いに徳をするということを訴えたい。


室橋 春光(北海道大学) 「発達障害研究と認知科学」

発達障害とは、発症が乳幼児期・小児期で、中枢神経系の生物学的成熟に深く関係した機能発達の障害/遅滞をさす(ICD-10)。発達障害の中でも特に自閉症スペクトラム(Wing,1996)と学習障害には、知覚・認知機能の発達過程における脆弱性が存在すると想定される。認知科学や発達認知神経科学領域においては、自閉症メカニズムに関連して「心の理論」や「弱い中枢性統合説」が注目されてきた。学習障害のうち読字困難に関しては「音韻処理障害」が代表的障害モデルであるが、この他にも「Magnocellular系処理障害説」や「小脳処理障害説」など、多様な障害側面の存在を指摘するモデルも存在する。発達障害圏内での合併性が低くなく、共通的基盤の存在も想定しうる。知覚・認知機能における発達過程の脆弱性を検討する中で、ヒトの認知的特異性がみえてくるかもしれない。


松江 克彦・河地 庸介(東北福祉大学) 「統合失調症の病態解明への実験心理学的アプローチ」

統合失調症の原因は未だ不明であり、その基本障害についても注意や認知の障害など主張されてきたが、明確なコンセンサスは得られていない。 しかしながら、この疾患の病態の背後に共通して存在すると思われる基本障害の同定に関する研究は、認知心理学における注意モデルや情報処理モデルの発展に依拠しながら実験的になされてきたことは周知のことであり、一定の成果を得てきたことも事実である。本発表では、そのような歴史的経緯も含め、今日どのようなアプローチが行われ、また期待されているのかについても触れ、そして私たちが現在行っている実験的研究についても紹介する予定である。


箱田 裕司・宋 永寧(九州大学) 「逆ストループ課題とNavon 課題を用いた注意障害 (ADD) へのアプローチ」

発達障害の一つADHD (Attention-Deficit Hyperactivity Disorder) は3つのサブタイプに分類される。不注意優勢型 (ADD)、多動性・衝動性優勢型 (ADHD-H)、混合型 (ADHD-C) である。本報告は、ADD 患者と健常対照群とにおいて、新ストループ検査 (箱田・佐々木, 1990) で測定されるストループ/逆ストループ干渉、それに複合数字抹消検査 (大橋・行場, 2009) によって測定されるNavon 図形における干渉にどのような違いが見られるかを調べたものである。実験の結果、ADD患者には健常対照群よりも、ストループ課題ではなく、逆ストループ課題において大きな干渉効果が認められること、また Navon課題では局所情報優先性ならびに局所情報から大域情報へのより強い干渉が認められることが分かった。この二つの発見と脳機能との関係、この二つの課題が ADHD 診断にとって持つ意味について議論される。