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『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第74巻(2006)8-9月号, pp. 12-13 掲載

待望の『エスペラント日本語辞典』刊行!

エスペラント日本語辞典編集委員会 編集副主幹 後藤 斉


十数年をかけて編集されてきた『エスペラント日本語辞典』は、2006年6月に刊行された。

これまで一般に使われていた三宅史平『エスペラント小辞典』と貫名・宮本『新選エス和辞典』とはどちらも1960年代の発行である。エスペラントの歴史は約120年であるから、その3分の1は、これらの辞書の刊行以後ということになる。それぞれ特長のあるものだが、全体的な古さはいかんともしがたい。このため、以前から新しい辞書が望まれていた。1987年のエスペラント百周年の前後には新辞書を展望する動きもあったが、具体的な企画を進める段階までには至らなかった。現在の体制での編集委員会が発足したのは1990年のことになる。

編集委員会でまず議論したのは、「高度な学習辞典」を目標にすることだった。エスペラントは計画言語であるため、学習の結果として習得されるのが常である。エスペラントの発展のためには、学習者がより効果的に習得できる環境が必要であり、新しい辞書はその必要にこたえることを第一目標とすべきだと考えたのである。収録語の選択、語義や解説の記述方法、例文の選択などは、この方針にそって考慮された。基本語の記述を充実させ、初級者の語彙学習上の疑問にできるだけ答えようとしたのだ。それには単語の意味にとどまらず、特有な語法や文法的特徴、使う場面なども含まれる。さらに、一緒に用いられやすい連語や関連語などの情報は、中級学習者や上級者にも役に立つはずである。

これは、Plena Ilustrita Vortaro (PIV)のような一言語の大辞典とは方針を異にする。PIVは規範あるいは記録としての性格をもっており、ザメンホフをはじめとする模範的な作家の文章、例えば、旧約聖書やザメンホフ訳アンデルセン童話からの用例もめだつ。しかし、数千年前の異国や幻想的な設定に特有の状況を描写する文は、学習者の語彙の理解の助けにはならない。学習辞典での例文は、現代の日常的な言語生活の中で目にし、使いそうな例文が望ましい。

学習辞典という概念は1920〜40年代の日本における英語教育の中で確立された(なお、この中で主導的な役割を果たしたH. E. Palmerは元エスペランティストであった)ものだが、外国語学習の初期に必要だという認識は英語以外の言語教育でも広がりつつある。学習者の存在がエスペラントの存立に不可欠である以上、エスペラントの辞書がそれにならうのは当然である。これが編集委員会の議論の結論だった。

このような目標の下で、原稿の執筆要項が定められ、重要語を編集委員が執筆し、その他の語彙と専門用語を委員会外の執筆者に依頼する体制が整って、執筆が進められた。しかし、編集委員会の力量不足から完成までに当初の予想を越える年月を必要とすることになり、多くの方々にご心配とご迷惑をおかけすることになった。とりわけ、何人かの原稿執筆者の方はこの間に逝去されたため、完成した辞書をご覧いただくことができなくなった。お詫びの言葉もない。辞書を納得できる形にするためとして、ご理解を乞うばかりである。

編集が遅れたことは、一方で情報技術の進展を活用できるというメリットがあった。類義語や反意語など、見出し語間に参照をつけることは当初から計画されていたが、コンピュータの使用によりその作業は大いに効率化され、記述の充実を図ることができた。語義や例文の検討にとっても、コンピュータは有益であった。具体的な例として形容詞 "ajna" を例に取れば、既存の辞書は用例として "ajna nombro"「任意の数」を挙げるにとどめていることが多い。この用例からは、この語義が数学などの分野に限られる、硬い表現であるかの印象が伝わってくる。しかし、実例の検討の結果、この用法は日常的な言葉づかいで多様な名詞とともに使われているものと判断され、複数の例文を挙げることになった。

このような編集作業を経て、初級者ばかりでなく、中級学習者や上級者にも有益な情報を提供するという「高度な学習辞典」の目標に近づくことができた。最終的には、最も基本的なランクAの語根が550、次に重要なランクBが650、その次のランクCが1200となった。ランクAの語根は、初級レベルで必ずおさえておいてほしいものである。ランクCまでおさえれば、日常的な言語活動にはあまり不自由しないと考えられる。ランク外の約15000語根と合わせて、計17000を越える主見出し語根、副見出し語(合成語、派生語)26000以上という数は、一般的な用途にとっては十分であろう。

新語や専門用語を積極的に収録することは学習辞典にとっては必ずしも重要なことではない。しかし、その用語が一般人の日常生活に入り込んでいるならば、話は別である。コンピュータ・通信関係や環境関係の多くの用語はこれに該当する。さいわいこの辞書には、新しい社会現象の関連も含めて、ここ数年で急速に日常語化しつつあるこの種の語の多くを収録して、21世紀に刊行されるのにふさわしいものにすることができた。例えば、動詞 "gugli"「グーグルで調べる」も、俗語としてであるが、収録してある。校正の最終段階になって追加採用された語の中には、"sudoko"「数独」が含まれる。

とはいえ、追い求めた理想がどこまで実現できているかは、正直なところ、わからない。不適切な記述や整合性の欠ける記述が数え切れないほど残っていることは、重々承知している。何人もの目を最後まですりぬけてしまった誤りもすでにみつかっている。それでも、編集委員会としては合格ラインをクリアしていることを確信しつつ、エスペラント学習者の大きな助けになることを願って『エスペラント日本語辞典』を世に送るものである。

Priskribo de la kompilado de la ĵus aperinta Esperanto-Japana Vortaro. Ĝi celas unuavice esti altnivela lernovortaro.


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