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『エスペラント』第55巻(1987)9月号, pp.7-8掲載

エスペラントとヨーロッパ諸語の類似について

後藤 斉


言語同士の類似性のうちで最も早く学問的レベルで扱われた、というより むしろ言語の研究を学問的レベルに高めたのは、系統論によって説明されるもの である。インドの聖なる言語、サンスクリットとヨーロッパの古典語ギリシャ語、 ラテン語との単語の類似に注目することから始まった印欧語比較言語学は、 その類似が音の対応に基づいている――従って、一見して似ていないものも含むが、 みかけは似ていても対応関係にないものは排除しなければならない――ことを 発見して、それまでのいかがわしい語源論から質的に脱却した。このような 対応関係の成立する言語群はかつての言語(祖語)から分かれたものと想定され、 語族として一括される。印欧語族がその代表であるが、インド・イラン等の言語を 含むほか、ヨーロッパ内にもこれに属さない言語――バスク語、ハンガリー語、 フィンランド語など――もあるので、この観点からはヨーロッパ語という概念は 成立しない。また、エスペラントを印欧語に含めることも不適当である。

さて、系統論的考えによれば、一つの語族に属する言語同士も時間とともに 段々違いが大きくなっていくはずである。ところが、言語が収束の方向に向かう 変化も観察される。古典的な事例はバルカン半島の言語――ブルガリア語、 ルーマニア語、アルバニア語、現代ギリシャ語、トルコ語など――であって、 系統論的には関係がないか薄いが、名詞の後につく冠詞や、不定詞のかわりに 従属節を使う構文などを共通に発達させた。これは、言語同士が接触している ことから、ある言語の特徴が周囲に拡散したことによる。このように接触によって 顕著な類似を示すにいたった言語群を言語連合とよぶ。

語族と言語連合は次のような点が異なる。ある言語はある語族に属するか否かの いずれかであって、中間的ということはない――証拠不足で決定しかねるという 場合は別にして――。それに対して、ある言語がある言語連合の性質を かなりの程度そなえている、といった段階的な言い方ができる。また、ある言語が ある語族に属するのであれば、系統的に連続したその先祖に当たる言語も 子孫に当たるものも全て同じくその語族に属する。一方、言語連合は時代によって 限定されている。そもそもある時期以前にはバルカン言語連合は存在しなかった。 また、接触が絶たれれば、言語連合としてまとめられなくなることもありうる。

この言語連合としてならば、ヨーロッパ語なるものを設定することは十分 可能である。実際、SAE(Standard Average European)という術語で英語を始めとする 現代ヨーロッパ語を指して、アメリカ・インディアンの言語とは世界の捉え方が 違うと指摘した学者がいた。ただし、この場合でも、具体的にどういう特徴を 基準にして、どの言語を含めるかは、見解の相違がありうる。古代語との 統語的な違いを重視すれば、助動詞の発達、主語―動詞―目的語の語順の固定化などが 挙げられよう。

この意味でエスペラントをヨーロッパ語とよぶことは根拠がある。これまで エスペラントがヨーロッパ諸語との接触の結果、大きな影響を受けてきたことは 明らかである。この傾向が今後どうなるかは、これからのエスペラント言語共同体の ヨーロッパ文化とのかかわりかたによるのであろう。

それでは、このようないわば血縁と地縁による類似を除くと、人間の言語は 無限に異なりうるのであろうか?アフリカ、アメリカ・インディアンの言語の 記述が進むにつれ、数々の予想もしなかった言語現象にであったことから、 このような見解にかたむいた学者もいた。

しかし現実はむしろ、人間の言語は、動物の「言語」や 他のコミュニケーション手段とは区別できる性質を共有している、と考えられる。 また表面的な違いを捨象すれば、数千の言語はごく少数のタイプに分類することが できる。この種の分類のうちでは、屈折語、膠着語、孤立語の三分類が一般に よく知られている。

この方面での研究の一つの流れに、1960年代以降盛んになった語順の類型論が ある。例えば、平叙文の基本語順としてはほとんどの言語で主語(S)が目的語(O)の 前にくる、基本語順が主語―目的語―動詞(V)である言語は偶然以上の頻度で後置詞 (日本語の助詞)を用いる、などが顕著な現象として指摘された。

この方向を押し進めた学者の中には、世界の言語をOV型とVO型の二つに分類する ものもいる。前者(日本語など)は目的語―動詞、副詞―動詞、主動詞―助動詞、 形容詞―名詞、関係節―名詞、属格―名詞の語順を取り、後置詞(Po)を用い、後者 (英語など)はその逆の順序で、前置詞(Pr)を用いるのであり、これが自然な 配列原理だとする。日本語が一方のタイプの典型例であるというのは我々には 心強いが、世界の言語に二つのタイプしか認めないのでは例外的な言語が多く なりすぎ、単純化しすぎの観は否めない。

とはいえ、336言語のデータによれば(数千の内のごく一部に過ぎないが、 これ以上の言語について信頼できるデータを集めるのは困難なのである)SVO言語は109、 SOV言語は174、Pr言語は148、Po言語は188であるが、SVO-PRは84、SVO-Poは25、 SOV-Prは12、SOV-Poは162と明らかな相関があり、形容詞―名詞等についても 相関を拡大することは容易である。

日本語が属するSOV-Poは最も多いが、エスペラントのSVO-Prもヨーロッパに 限られるわけではなく、一大グループをなしている。エスペラントがこの意味で 折衷的でなかったのは幸いである。この相関からずれたものになっていれば、 かえって使いにくいものになっていたであろう。

結局、エスペラントとヨーロッパ諸語との類似のうち、一部は歴史上の接触に 由来するが、他の部分は両者が人間の言語として自然なタイプの一つに属して いることによる。ここでは扱えなかったが、日本語とエスペラントが ヨーロッパ諸語とは別のグループに属することを示す現象もあるのである。


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