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『東北大学言語学論集』2(1993)掲載

「神話」の比喩的用法について
―コーパス言語学からのアプローチ―

後藤 斉

 
キーワード:「神話」 比喩 意味の転用 朝日新聞記事データベース
 
 
0。はじめに
 
 「神話」という語の第一義を『日本国語大辞典』(小学館,1974)は「原始
人・古代人・未開社会人などによって、口伝や筆記体で伝えられた、多少とも
神聖さを帯びた物語で、宇宙の起源、超自然の存在の系譜、民族の太古の歴史
物語を含むもの。その起源は自然現象を擬人的に解釈しようとしたことや、人
類に共通な無意識・下意識の欲求を投影したことにある。たとえば、ギリシャ
神話や、日本の「古事記」にある神話のたぐい。」と説明する。かなり長文の
解説であるが、ことばの説明というよりは、いわゆる「こと典」的な説明に傾
いているように思われる。ギリシャ神話や記紀神話といった外延があまりに明
瞭なためであろう。なお、松村明編『大辞林』(三省堂,1988)などこれに相
当する語義を二つに細分している国語辞典もあるが、その違いはあまり明確で
なく、またこの区分は他の国語辞典の多くでは採用されていない。本論の趣旨
からもその必要が認められないので、以下においては、この第一義を「神話(1)」
と表記することにする。
 しかし、本稿で主として扱うのは「神話」の比喩的な用法の方である。『日
本国語大辞典』では(2)として「一般には絶対的なものと考えられているが、実
は根拠のない考え方や事柄」と解説されている。この語義の「神話(1)」との関
係は同辞典では明記されていないが、これが「神話(1)」からの比喩的な転用で
あることは明白であろう。
 新村出編『広辞苑』第4版(岩波書店,1991)や市川孝他編『三省堂現代国
語辞典』第2版(三省堂,1992)など、最近になってもこの語義を収録しない
国語辞典も見られる*1が、これに類する「神話」の比喩的な用法には以下に
見るように豊富な実例がある。したがって、この用法は全体としてもはや単な
る純粋に修辞的な効果をもつ臨時的な比喩ではなく、かなり定着化の進んだ用
法となっていると考えて差し支えない。以下では、この語が比喩的に使われる
場合を広く考察の対象とすることにして、「神話(2)」と表記する。
 本稿の目的は、「神話(2)」の実際の使用例を検討することによって、国語辞
典の語義解説の必ずしも十分でない点を指摘し、意味の比喩的な転用の実態を
より明確にしようとすることである。まず、数種の国語辞典の解説を比べてみ
て、その間の一致と不一致とを確認する。次に、朝日新聞記事データベースか
ら得た実例を分析し、特に語構成的・統語的特徴および連語的特徴に注目する
ことによって、これがいくつかのタイプの複合体であること、さらに、それぞ
れのタイプは国語辞典の解説に合致するものもあるが、整合しないものもある
こと、を指摘する。すなわち、「神話(2)」の全ての実例を、国語辞典の記載が
示唆するような単一(ないしは、ごく少数)の語義に帰すことはできない。
 本稿は「神話」という特定の一語を考察したものではあるが、比喩的な転用
された語義が定着していく過程の一断面を比較的明確に捉えたものとして、コ
ーパス言語学の可能性の一端を示すことにもなるであろう。
 
 
1。 「神話(2)」の定着過程
 
 「神話」という語を比喩的に使うことは、臨時的なものとしては、いつの時
代にも可能であったろう。しかし、これが広く定着したのは比較的新しいこと
であるらしい。国立国語研究所『現代雑誌九十種の用語用字 (1)』(1962)
の語彙表はこの語を挙げていない。これは、調査対象となった1956年の雑誌90
種の1年分の記事の中でこの語の出現度数が7回に満たなかったということで
ある。また、同『電子計算機による新聞の語彙調査』(1970)によれば、1966
年の一年間に朝日・毎日・読売の3紙の紙面全体の3分の1に相当する部分に、
この語が短単位として(すなわち、複合語の一部になった場合も含めて)現れ
たのは13回にすぎない。この二つの調査では、語が本来的な語義で使われたか、
それとも比喩的な用法であるかの区別をしておらず、その内訳は不明である。
しかし、この語のすべての語義を合計してもかなり低い頻度でしか現れていな
いということは、比喩的用法があるにしてもかなりまれであったということを
示している。佐藤喜代治編『語彙研究文献語別目録』(1983)も「神話」を対
象とした文献をあげておらず、この語が興味深いふるまいをする語として研究
者の関心を引かなかったことをうかがわせる。
 西尾実他編『岩波国語辞典』の第2版(岩波書店,1971)は「神話(1)」を挙
げるのみであるが、第3版(1979)から補足的に「神話(2)」に触れるようにな
った。『新明解国語辞典』も第2版(金田一京助他編、三省堂,1974)までは
「神話(1)」を二つの語義に分けて説明していたが、第3版(見坊豪紀他編,198
1)からはこの二つを一つにまとめ、改めて新しい第二語義として「神話(2)」
を扱っている。80年代始めまではこの語義に言及しない辞典もまれでないよう
だが、『日本国語大辞典』(1974)や金田一春彦他編『学研国語大辞典』(学
習研究社,1978)は記載する。これらの辞典の記載のありかたからして、「神
話」の比喩的用法が十分に定着したと認知されるようになったのは70年代のこ
とであろう。実際に広く使われるようになったのはそれより少し以前のことで
あるかもしれない。
 中野収『若者文化術語集』(リクルート出版,1987,pp.70-72)はこの語の
「若者文化の中での用法」の記述を試みている。しかし、その用法は本稿で言
う「神話(2)」と重なっており,1987年の時点でこれを「若者・新人類」に特有
のものと規定するのは無理がある。とはいえ、若者文化や社会風俗現象に深い
関心を持つ著者にとっても、この用法が新語的なものと意識されていることが
分かる。実際の用例においても、「神話」あるいは「〜神話」というように、
かぎかっこでくくって表記する例が少なくない。これは、書き手の側に、この
用法の比喩的な性格がまだ意識されているということである。
 結局、この用法は十分な使用例があり、一般の国語辞典が認知する語義であ
る一方で、新語的・比喩的な用法としての意識も依然として生きているという、
興味深い状態にあるといえる。比喩的な意味の転用のありさまを検討する例と
しては適切なものと言えるであろう。
 
 
2。 国語辞典における解説
 
 「神話(2)」が国語辞典のなかで認知されるようになって20年近くたっており、
種々の国語辞典の解説はかなりの一致を示すのであるが、必ずしもそうでない
点も見られる。尚学図書編『現代国語例解辞典』(小学館,1985;第2版,1993)
と同『小学館国語大辞典』(1981)が「不敗の神話はもろくも崩れた」という
例文を加えるだけで、上に挙げた『日本国語大辞典』と同じ説明であるのは当
然かもしれない。これと大同小異の説明をするものに『広辞林』第6版(三省
堂,1983)、松村明他編『旺文社国語辞典』第8版(旺文社,1992;例として
「帝国不敗の神話」)、山田俊雄他編『角川最新国語辞典』(角川書店,1987)
がある。これらはいずれも説明文に「絶対的」「根拠のない」「事柄」という
語(またはその変形)を含むところが共通している。これとは多少とも違う説
明をする辞典として次のようなものがある。(順不同、ふりがなは省略)
   人間の思惟や行動を非合理的に拘束し、左右する理念や固定観念。「皇
軍不敗の神話に踊らされる」 (松村明編『大辞林』,三省堂,1988)
   過去において信じられ、すでに信じられなくなった事柄。深い根拠なし
に信じられている事柄。<現代の神話>[例文省略]。<革命の神話>
[例文省略] (林史典他編『15万例文・成句現代国語用例辞典』,教
育社,1992)
   比喩的に「現代の−」のように、根拠無しで皆が信じている事柄を指す
こともある。 (『岩波国語辞典』第3版;第4版(1986)も同じ)
   かつて・(長い間)絶対と信じられ、驚異の的とさえなっていた事柄。
〔多く、現在は俗信に過ぎないという文脈で用いられる〕 (『新明解国
語辞典』第3版;第4版(1989)も同じ)
   神秘的、奇跡的で論理的根拠のない話。 (久松潜一他監修『講談社国
語辞典』新版,講談社,1982) (阪倉篤義他編『講談社国語辞典』第2版,
講談社,1992)はこれに「現代の−」という例を加える)
   (2)一人の英雄・支配者が神格化され、一般民衆のあいだで、絶対的な存
在であると信じこまされたもの。「ドゴールの−は過去の記念碑と化す」
(3)理念と現実のくいちがいがおおいかくされ、理念が現実に生きているか
のように信じこまされたもの。「民主主義の−」 (金田一春彦他編『学
研国語大辞典』,学習研究社,1978)
   ただしい根拠のない、俗説 「こどもは無邪気だ、というのは−だ」 
(見坊豪紀他編『三省堂国語辞典』第4版,三省堂,)
   物事を概念・理論によって表現するかわりに、神格化・絶対化して物語
風に表現すること (山田俊雄他編『新潮現代国語辞典』,新潮社,1983)
 国語辞典の解説はほとんど全て「根拠のない」という語を用いていて、「神
話(2)」を否定的にとらえているという共通点がある。また、例文として挙げら
れるのは「〜の神話」の形をとるものが多い。しかし、辞典間にいくつかの不
一致もみられる。多くの辞典は「事柄」と説明する中で「物語、話」とするも
のもある。『学研国語大辞典』のみが人間を指す用法に言及する。さらに、
「事柄、話」の内容については限定を加えない辞典の方が多いが、『新明解国
語辞典』と『学研国語大辞典』は「驚異、理念」という語でその壮大さないし
肯定的性格を示唆しているようである。『大辞林』の「人間の...行動を...拘
束」という説明は、他の辞典が多く、人が信じているという心理的な側面から
の説明をしている中で異質である。
 もとより、数々の国語辞典の語釈が完全に一致することはありえない。それ
ぞれの辞典には個性があるものである。特に、比喩的な用法の場合、可能な使
い方を網羅することは事実上不可能であり、そこに編者の判断による選択が働
いて当然である。しかし、これを使用の実態と照らしてみるとどうであろうか。
 
 
3。 実例の分析
 
 ここで分析の対象とする実例は、「朝日新聞記事データベース」*2にアク
セスして得た同新聞1985年から92年までの8年間の本文データから取ったもの
である。スポーツ面など一部を除く各面が対象となっているため、内容の上で
は幅広いテキストが比較的容易に大量に得られるという利点があるからである。
ただし、これはコーパス言語学的な配慮*をした上で構築されたコーパスでは
ないため、新聞の特徴として、政治・経済・社会など特定の分野に関係する特
定の表現が集中して現れる傾向を示すことがあるなど、必ずしもこの種の分析
の対象として最適とは言えない。しかし、これにかわる機械可読のコーパスが
ない現状ではやむをえない面がある。
 上記のデータベースから「神話」の用例を検索したところ、全部で1427例が
得られた。そのうち、「ギリシャ神話」、「建国神話」など第一義として使わ
れているもの、およびそれに直接由来するもの(野球チーム名の「ギリシャ神
話」など)が 700例、比喩的な用法と考えられるものが 715例、断片的な引用
の場合などどちらか不明のもの12例であった。つまり、この時期の朝日新聞に
関する限り、この語は2回に1回は比喩的に用いられているのである。以下で
は、「神話」がかぎかっこでくくられているかどうかは区別しないで、比喩的
な用法と判断される 715例を分析の対象とする。引用に際しては日付のみを付
記するが、意味を明瞭にするため説明が必要なときは[]内に補足する。引用
を本文に組み入れる場合はかぎかっこ(「」)でくくるが、原文中でもともと
用いられていたかぎかっこは二重かぎかっこ(『』)に変える.
 これらはその文脈に応じてさまざまな使われ方をしているが、比較的頻繁に
現れる用法とそうでないものとがあることも事実である。しかし、比較的よく
見られる用法だけでも、国語辞典の記載にあるように1項目ないし2項目にま
とめられるものではなさそうである。ここではその中で目立つタイプをいくつ
か抽出し、記述する試みをする。分析は、語構成的・統語的な特徴を主な手掛
かりとし、それに連語的*3な特徴からの手掛りを交えて進めていく。実例に
おいては書き手(または話し手)がどのような意図をもって「神話」という語
を用いているか判然としない場合も少なくない。語構成的・統語的・連語的な
特徴という、外見に現れたものから取りかかることは、この場合、正当化でき
よう。
 
3。1。「神話(2)」の語構成的・統語的特徴
 「神話(2)」が現れる語構成的・統語的環境にはかなり明瞭なパターンが見ら
れる。名詞+「神話」で複合語を構成する場合、「〜の神話」となる場合、
「〜という神話」となる場合(バリエーションを含む)の、前修飾を伴う3通
りがとりわけ頻繁であり、「神話的」や「〜は神話(だ)」となる場合も絶対
数はそれほど多くはないが目立つ。これ以外の環境で現れることは少なく、各
々孤立している。
 まず主要な3つのパターンを検討することにするが、これらはみかけほど不
連続なものではない。「ロレンス神話」と「『英雄ロレンス』の神話」(85.10.
11)の両方の形が並んで見られる。また「土地は値下がりしないという土地神
話」(90.09.27)のように二重の前修飾を受けている例もある。さらに「『金
融機関はつぶれない』の神話」(92.10.01)、「金融機関の『不倒神話』」
(92.10.01;上と同記事)、「『金融機関はつぶれない』という神話」(92.1
0.01;前2者とは別記事)の3つは使い分けられているようにはみえない。し
たがって、このパターンを整理し直して、(1) 人名との結びつきと (2) 節+
「という」との結びつきを両端として、その中間に (3) 他の名詞との結びつ
き、を考えるのが説明のためには適当なようである。その後にこの3つのパタ
ーン以外のものを若干見ることにする。
 
3。1。1 人名+「神話」
 人名+「神話」で複合語を形成することは、「神話(1)」でも「ヤマトタケル
神話」などの例があるから、「神話(2)」の固有の特徴とは言えない。ただ、こ
の結合で作られた複合語で頻繁に用いられるものはなく、複数の記事に現れる
のはごく少ない。これはこのタイプの生産性および臨時性の高さをうかがわせ
る。生産性については、「神話(1)」も「ギルガメシュ神話」など在来でない表
現に対しても開かれており、差はないと言えるが、臨時性に関しては「神話(2)」
の新語的特徴を残している部分と言えるだろう。実例においてこの種の複合語
の前部要素となる人名は以下の通りである。
 
 田中[元首相](85.02.06)、中江[元投資ジャーナル会長](85.06.05)、ロ
レンス[アラビアの〜](85.10.11)、ゴルバチョフ(86.01.16)、ビートルズ(8
7.01.09;2例)、たけし[ビート〜](87.03.03;2例)、マンデラ(88.07.21)、
トビウオ[古橋広之進の異名](85.08.31)、ケネディ(88.11.23;2例; 92.07.1
7;3例)、真藤[元NTT会長](89.03.07;2例)、スターリン(88.06.18; 89.04.
08)、レーニン(90.04.21)、レーガン(91.10.06)、太閤(たいこう)(92.04.18)、
江副[元リクルート会長](92.05.22)、寺山[修二](90.07.14; 92.05.24)、
ファン・ゴッホ(92.05.09)、金日成(92.10.11;2例)、金丸(92.10.16)、長嶋
(92.10.10)
 
 このリストを一見して気が付くのは、ほとんどみなそれぞれの分野で(少な
くとも一時的には)第一人者的活躍をしたり、高い評価を得たりした、という
ことである。このことは複合語を形成する場合だけではなく、人名+「の神話」
という句になる場合も同様である。実例では次の人名がこのような句を形成し
ている。
 
 英雄ロレンス(85.10.11)、赤木圭一郎[昭和30年代の俳優](90.02.13)、エ
ルビス・プレスリー(89.12.08)
 
 すなわち、「神話」が個人や団体などに対して比喩的に用いられる場合、人
々が第一人者的人物をさらに神のようなものであると捉えている、すなわち神
格化、絶対化、神秘化している訳である。いずれの場合にも前後に個々の行為
に対する言及はなく、その人の人格全体、または当該分野での活躍を一まとめ
にしてこのような評価が下されていると考えられる。
 人物に関する用法に言及していた国語辞典は、『学研国語大辞典』のみであ
ったが、この語義解説の「...信じこまされたもの」という表現は否定的な含
みを感じさせる。例文の「...過去の記念碑と化す」は、現在は(あるいは、
書き手の主張によれば)それが成立しない場合にふさわしい言葉であると示唆
しているようである。この点について実例にあたってみると、確かに、その
「英雄」が絶対のものではないと主張するときに使われている例がみつかる。
   「田中神話」に大きなかげりがさした...(85.02.06)
   「中江神話」はすでに崩れ去っている。(85.06.19)
   秘密報告はスターリン神話の暴露であり...(89.04.08)
ここで、「かげりがさす」、「崩れ去る」、「暴露」といった語との連語関係
に注目すべきであろう。他にも「崩壊」、「崩れる」、「かげりがでてくる」
などがあるが、これらの否定的な状態への移行を意味する語との連語関係は、
「神話」が絶対の真実ではないことの確認、ないし書き手の側のそのような主
張を示していると考えられる。
 しかしながら、これに反する例もみられる。
   半世紀後のいまも、「英雄ロレンス」の神話は生きていた。(85.10.11)
   「不屈の闘士」という”マンデラ神話”を増幅させている...(88.07.21)
   色あせぬ「ケネディ神話」(88.11.23)
すなわち、「生きている」、「増幅させる」、「色あせぬ」などの持続を意味
する語句とも連語関係を結ぶことがある。この場合、その人物に対する民衆の
英雄視が続いているのであり、書き手もそのことを確認していると考えられる。
このような連語関係にはなくとも、「トビウオ神話」(85.08.31)が古橋広之進
の半生を描いた映画であるとすれば、ここに否定的な評価は少しも入っていな
い。また松下幸之助の死を伝えるニュースに
   「経営の神様」「納税王」「立志伝を地でいった人物」...さまざまな
「神話」を生み出し...(89.04.27)
とある場合も同様である。国語辞典の多くが「根拠なく」という語を解説に含
めるが、この用法には合致しない。
 結局、「神話(2)」を個人に関して使う場合、その英雄的性質のみに焦点をあ
てるタイプとそれに加えてその英雄的性質の虚構性・非絶対性をもうきぼりに
するタイプと2種類あることがわかる。実例においてこの2種は18例と14例
(不明 1例)という、あまり差のない数の出現を示しており、どちらか一方の
みを一般的なものと認めることはできない。
 
3。1。2 節+「という神話」
 
 この、神話の内容が同一文中で節の形で示されるパターンも非常に多い。こ
のパターンを例文に挙げている国語辞典は、見た限りでは一種もなかったが、
「〜といった神話」や「〜、この神話」などの変形も含めて、また、二重の前
修飾がつく場合も含めて、同一文中で内容が節の形で明示的に示されるものは
全部で106例という数にのぼる*4。
 これは「神話(1)」の現れ方と大きく違う点である。「神話(1)」に節+「とい
う」が前修飾する例はほとんど見られない。実例では「神話(1)」は「神武東征
神話」や「日本神話」というように物語全体、体系全体を指すのが普通で、そ
の中の個々の出来事を指すことはあまりないのである。次はそのまれな例であ
る。
   プロメテウスが天へ昇り、太陽の火を自分のたいまつに移しとって人間
界へ持って来た、というギリシャ神話の1節...(89.04.14)
   各地から集まった神々が紅を塗って神楽を舞ったという神話...(90.11.
02)
   ヤマトタケルノミコトが病死し、魂が白鳥になって飛んで行ったという
神話の記述...(91.07.05)
これ以外にもギリシャ神話や日本神話の中の個々のエピソードに触れた文があ
るにせよ、「〜という神話」の形はないのであり、この違いは注意すべきであ
ろう。
 すなわち、このパターンでは「神話(2)」は一つの節で表される一つの命題を
内容としている。一つの節であるから、あまり複雑な内容ではありえない。い
くつかの国語辞典は語義解説に「物語」や「話」という語を用いていたが、こ
のタイプの解説としては適切ではない。
 「神話(2)」がこのタイプではその内容を明示する節を伴うとして、その節は
どのような属性をもっているであろうか。一見して気づくのは、総称文や状態
を記述する文が圧倒的な大部分を占めているということである。
   土地を持っていればもうかるという神話の打破...(90.10.30)
   婦人服は景気に左右されない、という神話は大きく変わり始めた。(92.04.
12)
   日本の飲み水はよい、水道は安全だ、という神話はすでに崩れている。(9
2.04.26)
 節+「という神話」のパターンが個々の出来事や行為を指して使われる例は
非常にまれであって、次の 1例しか見られない。
   スターリンが独ソ戦の勝利に決定的役割を果たしたという神話を、粉々
に打ち砕いてしまった。(88.07.28)
この例では、ある一つの行為を「神話」と呼ぶことによって美化しているが、
一般に節+「神話」の使い方では、「神話」はある命題を普遍的・絶対的・恒
常的なものとして示す働きをしていると言える。
 命題の内容に関しては、肯定的なものが多いようである。上の例にある「も
うかる」「左右されない」「よい」「安全だ」のように、安定、上昇、成功な
どを意味する語句(または、その反対語の否定形)が含まれるものが78例を数
えている*5。もっとも、調査対象の期間は地価の高騰が社会問題化した時期
を含んでおり、土地に関して似た表現が何回も繰り返して使わる状況にあった。
この数字は多少割引して考えるべきであるかもしれない。このことは新聞をこ
の種の調査の資料に使う際の一つの限界を示すものである。次の例のように、
内容が特に肯定的とも否定的とも考えられないものも、それよりは少ないが、
17例見られ、全くの例外と考えるべきではなかろう。
   白人はなま魚は食べないとの神話は崩れ... (86.06.05)
   日本文化は理解不可能などという神話は、追い払うことができるでしょ
う。 (88.12.24)
一方、「失敗」、「危険」など、否定的な意味を持つ語句を伴う使い方は例が
ほとんど見られず、次のものだけが辛うじてそれに近い。
   野党に政権担当能力がない、という神話が作られてきた... (89.09.11)
   「逆らうと怖い」との「神話」を生んだ。(89.05.15)
このように、この用法での「神話」が表す命題の内容は、厳密な制約ではない
ものの、中立的なものから肯定的なものの側に傾いているということができる。
このことも多くの国語辞典の記載に反映されていない。
 前節で見た人名の場合と同様に、否定的な状態への移行を意味する語との連
語関係は明瞭である。上の例にみえる「打破」、「変わる」、「崩れる」など
の語との連語関係は確かに49例と非常に多く、人名との結びつきの場合よりも
強い傾向を持っているようである。これは、当該の命題が実際は(あるいは、
現在は)成立しないものであることを、書き手が言おうとしているときに使わ
れやすいことを示す。しかし、これと並んで、「できる」などの生成を意味す
る動詞との結びつき( 9例)や「続く」などの持続を表す語との結びつき(28
例)も決してまれではない。
   一流企業や大企業はつぶれないんだ、という神話ができた。(85.08.14)
   「新規公開株はもうかる」という「神話」が復活した形だ。(89.09.28)
   「倒産しない」という神話をはぐくむ... (92.07.28)
結局、神話は「生まれ」、「続き」、「崩れる」ものであり、そのいろいろの
相で捉えることができるのである。
 ここで具体的に「土地を持っていればもうかるという神話」について考えて
みよう。実際に土地を持っていて儲かった人はいた。しかもある時期には多く
いた。つまり、「土地を持っていれば儲かる」という命題は特定の条件・限定
の下では成立する。「日本の水はよい」、「白人はなま魚は食べない」なども
同様である。この個別には成立する命題を「神話」という語によって普遍命題
に転換している訳である。個別の命題の成立の条件を外して普遍的・一般的な
命題にした形で信じられるようになること、これが「神話が生まれる」という
ことであろう。そして、その神話は一定の期間続き、ある時に再び普遍的に成
立するものではないと認識されるようになる、すなわち、「神話が崩れる」の
である。ほとんどの国語辞典にみられる「根拠なく信じられている」というだ
けの説明は単純に過ぎるように思われる。
 
3。1。3 その他の名詞+「神話」
 
 人名以外の名詞が「神話」と直接つながって複合語を形成したり、助詞「の」
などによって結ばれたりすることは非常に多く 427例(節+「という」との二
重の前修飾のもの24例を含む)もある。ただし、調査対象の期間の特殊な事情
として、「土地神話」の例が 163例と極端に多い。これは実際の新聞紙面での
使用ではあるが、全体としてみた日本語の使われ方を公正に代表したものとは
言えないであろう。
 名詞+「神話」パターンの複合語の前半に来る名詞の分布はおもしろい。一
方において「土地」を始めとして「安全」(32例)など頻繁に一緒に使われる
ものがあり、もう一方には「同日選」(88.01.30)、「新車」(91.12.17)、「脱
酸」(92.02.10)など明らかに臨時的なものがある。
 一般の名詞+名詞の形の複合語や名詞+「の」+名詞という結合の場合、前
部要素と後部要素の意味的関係はさまざまである。ここでは後部要素が「神話」
に限定されるが、それでも前部要素の多様さのために両者の関係は複雑であり、
分析しにくいところがある。
 比較的取りだしやすいのは節と同等の働きをしていると考えられる名詞を伴
う場合(92例)である。サ変動詞化・形容動詞化できるもの、抽象名詞(「耐
久性」など)、それに「不敗」、「不倒」などは多くの場合節の述語の働きを
していると考えられる。このタイプではさらに節中の主語に当たる名詞も前修
飾に加わることも多い(41例)。例えば「銀行安泰神話」(92.04.30など)は
「銀行は安泰であるという神話」と「社会主義の優位性の『神話』」(89.10.2
4)は「社会主義は優位にあるという神話」と意味的に同等であるといえる。
 このタイプでは、連語的なふるまいについても3。1。2で見た節が前修飾
するパターンとほぼ同じことが言える。
 一つには、節の述語に当たる名詞は
上昇、安定、成功などを意味するもの*6が圧倒的な多数(82例)を占めてい
る。中立的な意味を持つものは目立たず、否定的な意味をもつものとして「社
会主義の恐怖神話」(89.07.25)、「”巨悪”神話」[中曽根元首相に関して]
(89.10.22; 89.10.25)「カマキリの夫殺し神話」(90.01.21)、「男性結婚難神
話」(90.05.20)など 8例しかない。また、「崩壊」「打破」など否定的な状態
への移行を意味する動詞が続くことが多い( 215例)が、生成、持続を意味す
るものが続くこと(それぞれ27例、45例)があることも同様である。したがっ
てこのタイプは3。1。2で見た節による前修飾のタイプのバリエーションで
あると考えてよい。
 上のタイプに似ているのは、節の主語(または話題)に当たる名詞のみが前
修飾している場合である。「土地神話」、「銀行神話」が典型例である。これ
は「土地は値上りするという神話」や「銀行は倒産しないという神話」の省略
形であると考えることもできる。省略しても文の前後関係や従来の使用例から
読者が完全な節を復元することができると書き手が期待するのは必ずしも無理
ではない。これも前項同様に節による前修飾を伴うタイプの変形と考えてよい
かもしれない。
 「〜という神話」の場合のように同一文中に節がなくとも、前後関係で容易
に「神話」の内容に当たる節を復元できる例もある。しかし、かなりの推論を
巡らして始めて内容が想定できる例も少なくない。例えば「クルマ神話」(91.
01.09)の内容は「自動車が理想の交通手段だ」ということらしい。これは、原
文ではこのような形では表現されておらず、書き手の意図を推測したに過ぎな
い。これが書き手の意図した内容と同一だという保証はない。
 さらに、例えば、節+「という土地神話」の形で二重の前修飾があるもので
さえ、その20例の間で節の部分の表現はそれぞれ微妙に異なっており、命題と
して見ても一通りにはならない。実例には「土地は絶対に値下がりしないとい
う『土地神話』」(88.01.20)、「将来も地価は値上がりを続ける、という『土
地神話』」(88.09.25)、「土地は最良の資産、という土地神話」(90.10.24)、
「土地を持っていれば損はしないという土地神話」(91.10.03)などがあるが、
これらは似てはいるものの、命題としてはそれぞれ別個のものであり、これら
のうち(あるいはその他の選択肢も含めて)どれを復元するかは読み手に委ね
られている。すなわち、「土地神話」という、主語(話題)に当たる名詞しか
前修飾していない場合には、神話の内容に関して曖昧さが生じて来ることにな
る。
 単に命題(節)の復元に関して曖昧さがあるだけでなく、命題(節)の復元
が不可能な場合も少なくない。臨時的な用法であって、前後関係によっても節
(命題)が示されない場合である。「ドリンク神話」(89.06.21)は他の表現で
言い換えにくい。文脈から判断すると、「半信半疑ながらも、ドリンク剤が効
くと思って、ありがたがっていること」くらいに当たるらしい。
 ここでは書き手(この例では、実際には取材を受けた市民)が最初から特定
の命題(節)を念頭に置いていないと考えざるを得ない。むしろ、書き手は意
図的にこのような曖昧な表現を利用していると考えられるのではないだろうか。
形式上の曖昧さによって、内容における曖昧さを際だたせ、それによってその
事物(ドリンク剤)や事象(効くと信じていること)にまつわる神秘性を表そ
うということである。これは一種の神格化であり、人名との結びつきの場合に
近いようである。「巨大科学」(86.02.15)、「DC」[ファッションで](88.
06.07)、「ルネサンス以降の欧州絵画」(89.06.28)、「健康」(89.07.07)、「サ
サ・コシ」[ササニシキ・コシヒカリ](90.07.26)、「セレブリティ」[有名
人](90.11.25)、「アバンギャルド」(91.01.04)、「ブランド」(91.01.17; 92.
12.23)、「モダニズム」(91.01.07)、「マルクス主義」(91.11.02)、「『前衛』」
(92.04.06)、「具象彫刻」(92.03.28)、「ロボット」(92.09.23)、「王室」(9
2.10.02)、「湘南」(92.12.03)「革命」(92.12.06)などがこのような神格化の
対象になっている。人名の場合と同様、いずれも通常もすでにある程度一般の
人の称賛の対象になっているものである。ここでもその虚構性の含みが加わる
タイプとそうでないタイプの両方がある。『学研大国語辞典』の(3)はこれに当
たるものであろうが、これはとりわけ代表的な用法ではない。
 団体名が「神話」の前につく場合も同様である。「東大」(85.13.19)、「サ
ントリー」(85.04.01)、「ロイズ」[イギリスの保険会社](85.09.06)、「ソ
ニー」(88.01.10)、「」、「巨人」(92.04.04)、「アスキー」[ソフトウェア
会社](92.08.20)、「竹下派」()92.10.16)などが現れている。しかし、ここ
では東大神話の一例を除いて、いずれも絶対性を否定する文脈で使われている。
 保険に「愛情神話」(92.03.21)という商品名をつけ、ワインに「葡萄神話」
(92.04.26)とつけるとすれば、神秘性を表そうと意図してのことであろうか。
少なくとも虚構性を指摘する意図が入っているはずはないであろう。
 「就職神話」(89.04.08)は「就職にまつわる諸々の俗説」ということらしい。
「ライオン神話」(86.08.19)、「数の神話」(89.06.14)、「中東『神話』」(9
0.09.30)、「強姦神話」(90.10.04)、「ライオンの神話」(90.12.09)、「国際
協調の神話」(91.06.26)、「内申書神話」(92.08.29)、「年齢神話」(92.11.2
7)、「偏差値神話」(92.11.29)、「ユーロ神話」(92.12.03)もこれと同じタイ
プであろう。多くは虚構性を指摘する文脈で使われているが、「数の〜」のよ
うにあまり明瞭でないものも含まれている。
 しかし、これらのタイプは臨時的な結び付きが多いことからも分かるように、
「神話(2)」の中でも特に比喩的性質が生きている部分であって、タイプ分けは
難しく、これ以上の一般的な分析はなかなかしにくい。「”民族神話”」(86.
07.09)は「脳梗塞で倒れた田中元首相に対する地元民の変わらぬ支持の気持ち」
を表しているようである。地元民を一民族になぞらえ田中氏を神のように崇め
ているとたとえているのであろうか。また、曖昧さを利用するという書き手の
意図が独り善がりになってしまうこともありそうである。少なくとも筆者は、
「米ケンタッキーでの馬取引の神話」(90.08.05)での「神話」の使い方は理解
できなかった。
 
3。1。4 その他の結びつき
 上記の3つの主なパターン以外で比較的目立つものの一つに「〜は神話(だ)」
*のパターンがある。
   日本人の「単一民族説」は神話であること、...(88.07.22)
   仕事に夜の付き合いが欠かせない、というのは神話だと思いますよ。 
(89.08.29)
『三省堂国語辞典』はこのパターンを用例に挙げるが、実例での絶対数は11例
と少ない。しかし、ここで特徴的なことは、全て否定的評価が加わっていて、
「虚偽」ないし「俗説」との含みがあることである。また、「は」の前に節が
来る場合その内容が肯定的になる傾向を示さない。「安全」が含まれる例が1
例あるだけである。これらの点からすると、例が少ないため確実なことは言え
ないが、一見したところでは似ている「〜という神話」のパターンとはかなり
違った特徴を示す一つの独立したタイプのようである。
 「神話的」として現れる例もほぼ同数(13例)あるが、このうち虚構性を示
すような例は1例しかない。むしろ、
   ENA−−この言葉は、...ほとんど”神話”的な響きさえある。(85.0
2.16)
   マンデラ氏の神話的影響力 (90.02.03)
のように、虚構性ではなく、偉大さ、神秘性が問題となる例が8例と半分以上
を占めている。「神話だ」と「神話的」との間にこのような逆の傾向があるこ
とは興味深い。
 
3。2 その他の連語的特徴
 
 語構成的・統語的特徴との関連における連語的特徴は3。1の各節ですでに
触れた。それ以外のものとして、『大辞林』の「思惟や行動を...拘束し、左
右する」という説明によく合致するものがある。
   映像は客観的だ、という古くからの”神話”に、裁判所が取り込まれ、...
 (85.01.04)
「取り込む」のように人を影響下に置くことを意味する語*7との連語関係が
それである。しかし、このような連語関係のない場合、つまり大部分の場合に
は「拘束し、左右する」という強い表現は当てはまらないようにみえる。『大
辞林』のようにこれを「神話(2)」の代表的な用法とみなすのは無理があろう。
 他に目につくのが、性ないし家族に関係する語である。「過去の家族の神話」
(86.07.01)、「生殖神話」(89.03.26)、「結婚神話」(89.06.20)、「男性結婚
難神話」(90.05.20)、「強姦神話」(90.10.04)、「家庭神話」(91.11.17)、
「カラダ神話」(92.08.16)「『母性神話』」(92.11.11)が見られる。この結び
つきが多いことは「神話(1)」からの意味の派生のしかただけではなかなか説明
しにくい。『ジェンダーの神話』(A。スターリング著,工作社,1990)などの
書名にも類例が見られるが、この分野では外国語の影響を受けて「神話(2)」を
比較的瀕用するのではなかろうか。
 「自我神話」(90.06.06)、「未知なる自分の神話」(91.12.12)の2例も、か
なり孤立した異例の結びつきのように見える。これも『フリークス−秘められ
た自己の神話とイメージ』(L。フィードラー著,青土社,1986)などの書名を
通しての、外国語からの影響が考えられるかもしれない。
 
3。3 特徴的なパターンを示さないもの
 
 上述のようなパターンを示さないものは、139例ある。その内、見出しに現
れたものが30例を占めるが、見出しでは省略的な表現になりがちなことは容易
に理解できる。もっとも、新聞記事をデータに使う場合、見出しの扱いについ
ての基準が必要になるであろう。また、「神話」が同一記事中ですでに十分な
限定を受けている場合(36例)も、この語が自由な環境で現れることも不思議
ではない。それ以外の場合、すなわち、真の意味で自由な環境で現れる場合
(73例)は各々孤立しているようで、なかなかタイプに分けることができない。
これらも書き手の創意が生かされる比喩性の比較的残っている部分のようであ
る。
 86年3月16日のソ連の指導者達に関する記事では見出しも含めて11回も彼ら
に関する噂のことを「神話」と呼んでいる。同じ執筆者は同7月3日の記事でも
ピアニスト、ホロビッツにまつわる評判のことを「神話」と呼んでいる。これ
は個人的な文体によるとみなさざるをえない。
 その他、「虚偽、俗説」と言い換えられそうなものが 11例、「英雄の活躍」
と言い換えられそうなものが15例ある。「神話のひとけた」「日航スチュワー
デスの期による愛称」(87.06.16)は「神話(1)」の「古代の」という意味特徴に
焦点が当てられているまれな例である。「崩れた『神話』」(88.08.09)は、
「駅名の由来についての想像が誤解だと分かり、謎が深まった」ということら
しい。一般の人々ではなく、特定の個人が信じていた事柄に関して使われた珍
しい例である。
 91年 3月20日の記事にはロラン・バルトの『神話作用』への言及があり、
「写真の神話」の例がある。これに代表される、現代思想におけるこの語の使
い方(「まやかしの暴露」)からの影響はほとんど目立たない。
 
 
4。 まとめ
 
 本稿では「神話(2)」の用法の全てを網羅できたわけではない。この比喩がま
だ生きているものである以上、当然であろう。しかし、比較的多用される主な
使い方は扱えたはずである。
 比喩的用法の中でも比較的定着しているものがあるが、国語辞典の記載が示
唆するように1あるいは2の語義にまとめられるものではなく、いくつかのタ
イプに分けられる。比喩の対象としては、人間、命題、事物・事象がある。人
間の場合は第一人者的人物が対象となり、命題も絶対ではないものの中立から
肯定的な意味のものに傾くが、事物や事象に関しては通常もある程度もてはや
されているもののタイプとそのような制約がないタイプとがある。それぞれを
神格化、普遍化、絶対化、神秘化するところにそれを「神話」と呼ぶ比喩が成
立する。しかし、その虚構性をも含意するかどうかにより、さらにタイプが細
分される。
 日本語のコーパス言語学はまだ緒についたばかりである。その前提となるコ
ーパスの整備などの条件がクリヤされれば、本稿で見た比喩的転用の細かなタ
イプのように、従来は見逃しがちであった日本語の様相をより明確に捉えるこ
とができるようになるであろう。
 
注
 
*1 他にこの語義を収録しない辞典として、時枝誠記編『角川国語中辞典』
(角川書店,1973)、山田俊雄他編『角川新国語辞典』(角川書店,1981)、山
田俊雄他編『新潮国語辞典』新装改訂版(新潮社,1982)、『講談社カラー版
日本語大辞典』(講談社,1989)がある。
*2 朝日新聞記事データベースに関しては、次の紹介を参照。
   中西英「新聞記事データベースを使いこなす−パソコン通信によるHI
ASKの利用−」『人文科学データベース研究』第5号(1990)37-49。
   佐藤宏秀「HIASK(ハイアスク)−朝日新聞社」『日本語学』第10
巻(1991)8月号、95-98。
*3 コーパスの設計に関する議論は J. Sinclair, Corpus, Concordance, Co
llocation, Oxford Univ. Pr., 1991, を参照。同書18ページでは、出典を多
様化することが緊要であると指摘し、新聞の英語は英語の一変種に過ぎないの
で、信頼できるサンプルではないと注意している。
*4 ここで「連語」は collocation の訳として使っている。語彙項目の習慣
的な共起関係のことである。
*5 他に、「つぶれない」、「大丈夫」、「値下がりしない」、「損はしな
い」、「しくじらない」、「利益を守ってくれる」、「強い」、「不滅」、
「支配している」、「倒産しない」などの語句がある。「客観的だ」などは含
めなかったが、個々の語句をこの類に含めるかどうかの認定には厳密さを欠く
ところがあるかもしれない。なお、地価の上昇が万人にとって都合がよいわけ
ではない。ここでは、このような現実世界での意味ではなく、あくまで単語と
して安定、上昇、成功などを意味する語句が含まれるかどうかを、その命題が
肯定的かどうかの基準と考えた。
*5 他に、「上昇」、「成功」、「復活」、「再生」、「無謬(びゅう)性」、
「復元」などがある。
*6 「(だ)」の部分に実際に現れるのは、体言止め(3例)、「である」、
「にすぎない」(各2例)、「です」、「らしい」、「に」(「なった」が省
略か)、「だ」である。
*7 これに類する語として「とらわれる」(3例)、「とりこになる」、「脱
却できない」、「自縄自縛になる」、「囚えられる」、「惑わされる」、「と
りつかれる」、「踊らされる」、「こだわる」、「人生を狂わされる」、「目
くらましに遭う」、「びくつく」、その反対語として「解放」がある。


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