学校生活と社会に対する高校生の意識調査(第1回調査から第4回調査まで)


学校生活と社会に対する高校生の意識調査 調査の概要
正式名称 学校生活と社会に対する高校生の意識調査 第1回調査、第2回調査、第3回調査、第4回調査
実施 第1回調査:2010年3月から2010年4月
第2回調査:2010年10月から2010年11月
第3回調査:2011年8月から10月
第4回調査:2012年8月から10月
対象 仙台市と隣接の市にある「進路多様校」の高校3校の、2009年度入学生とその保護者(父母)
実施方法 第1回調査から第3回調査まで:高校生は自記式集合調査(場合によっては自記式配票調査)、保護者(父母)は自記式配票調査
第4回調査(卒業後調査):卒業生・保護者とも郵送調査
回答者数 第1回調査: 高校生 785名(回収率84.7%)、父親 554名(回収率61.9%)、母親 700名(回収率78.2%)
第2回調査: 高校生 719名(回収率81.7%)、父親 437名(回収率49.5%)、母親 518名(回収率58.7%)
第3回調査: 高校生 657名(回収率75.9%)、父親 272名(回収率31.4%)、母親 333名(回収率38.5%)
第4回調査: 卒業生 68名(回収率84%)、父親 57名(回収率84%)、母親 58名(回収率86%)
目的 様々な意味で「変動期」にある日本社会において、(1) 高校生(およびその保護者)の社会や生活に対する態度(不公平感、満足感、学習意識、就業意識など)と社会的スキル(問題解決能力、コミュニケーション能力など)がどのような特徴を示すのか、(2) これらの意識やスキルの形成過程はどのようになっているのか、(3) 以上のことが「階層再生産」にどのように関係しているのか、ということを明らかにすることを目的とする。
報告書 木村邦博(編). 2014. 『変動期における高校生の社会的態度・スキルの形成−学校生活と社会に対する高校生の意識調査報告書−』東北大学教育文化研究会.


学校生活と社会に対する高校生の意識調査の調査方法

・調査対象者の抽出の方法

 宮城県内の高等学校のうち、すでに「学校改革」に一定のめどがついたりするなどして、調査受け入れの体制が比較的整っている学校は、「進路多様校」と言われる特徴を持つ高校であると考えられた。そこで、そのような高校のうち、特に「教育と社会に対する高校生の意識調査」第3次調査でも対象校となった3校(県立高校2校、私立高校1校)にご協力をお願いすることにした。
 調査の対象校は、次に挙げる3校である。

県立 宮城県名取高等学校、宮城県宮城広瀬高等学校
私立 東北工業大学高等学校

・パネル調査の設計

 「パネル調査」は、一時点のみの調査や単なる繰り返し調査などとは異なって、同じ個人に対して継続的に調査を行うと同時に、個人の調査結果を一種の「履歴」としてデータ化する、という特徴を持ったものである。パネル調査では、この回答の履歴データを活用することにより、個人に起こる変化を時系列的に観察する。このような調査法を採用することで、注目している現象(たとえば社会的スキル)の変化の様子を詳細に把握できるとともに、その変化の背景にある因果関係を詳しく調べられるという利点がある。
 この調査研究の当初の計画では、調査対象となったすべての生徒・保護者に対して、生徒が高校3年次に実施する第3回調査と卒業後の第4回調査とをパネル調査の形で実施する計画であった。しかし、会員の強い要望があり、また調査対象校のうち1校にご快諾いただくことができたので、その高校でのみ、生徒が1年次在学中の第1回調査から卒業後の第4回調査まで、生徒・保護者を対象としてパネル調査の形で実施することにした。(他の2校では、当初の計画どおりである。)ただし、調査票は、調査対象校3校で同じものにした。

・調査の実施方法

第1回調査から第3回調査まで: 高校生については、ホームルームなどの時間を利用して、担当の先生方から調査票を配布していただき、その場で生徒に記入してもらった。(ホームルームなどの時間が使えない場合には、家庭に持ち帰って記入してもらった。)父親・母親については、生徒を通じて、調査の依頼状と調査票(父親用、母親用の2種類)を配布し、家庭に持ち帰って記入してもらった。記入済みの調査票は、生徒をつうじて後日回収した。
 なお、同一の対象番号をつけたひと組の調査票(高校生票、父親票、母親票)を高校生に渡すことによって、親子の対応を確保した。この際、匿名性は確保されている。
第4回調査への協力依頼: 第3回調査実施時に、高校生と保護者のそれぞれに対し、第4回調査への協力をお願いする依頼状を、第3回調査票とともに渡すと同時に、各家庭に1部という形で「第4回調査協力承諾書」を添付した。この「第4回調査協力承諾書」に、第4回調査に協力いただける方の名前と住所(調査票郵送先)を記入してもらい、第3回調査票と一緒に東北大学教育文化研究会宛に返送してもらった。高校生(卒業生)の協力に関しては、未成年であることを考慮して、保護者1名からの承諾を得ることにした。パネル調査となることやプライバシー保護の方針についても、依頼状で説明した。
第4回調査: 郵送調査法により実施した(自記式調査)。調査票は、卒業生用調査票A(高校卒業後、職業についたことのある方用)、卒業生用調査票B(高校卒業後、職業についたことのない方用)、父親用調査票、母親票調査票という4書類である。ただし、各家庭には、「第4回調査協力承諾書」で協力の意思を示していただいた方に対応する調査票だけを送付した。記入済みの調査票は、家族単位でまとめて、返信用封筒に入れ、期限を示して返送(投函)していただくよう、依頼した。
 なお、第3回調査で用いたのと調査時点番号(1桁)のみが異なる、合計6桁からなる(同一の)対象番号をつけた一組の調査票(卒業生票、父親票、母親票)を渡すことによって、親子の対応を確保するとともに、パネル調査として成立するようにした。
 期限までにご返送いただけなかった方(家庭)に対しては、最大で3回、リマインダー(再依頼状)を送付して、あらためて協力をお願いした。

・調査結果の公表

 第1回から第4回までの各調査で、すべての回答者に調査結果の概要(速報)を配布した。また、宮城県内のすべての高校・高専と幾つかの公立図書館に、報告書を寄贈した。


報告書(残部僅少)

木村邦博(編). 2014. 『変動期における高校生の社会的態度・スキルの形成−学校生活と社会に対する高校生の意識調査報告書−』 東北大学教育文化研究会.

学校生活と社会に対する高校生の意識調査 報告書の目次
まえがき 木村邦博
謝辞
【本報告書の概要】
序章:調査の企画と実施 木村邦博
1章:高校生の進路希望と親の進路期待のマッチング 村山詩帆
2章:高校生の教育アスピレーションときょうだい構成 苫米地なつ帆
3章:高校生の職業アスピレーション 元治恵子
4章:進路多様校の高校生の学習意識と学習行動―高校生活3年間の変化を探る― 神林博史
5章:3年間にわたる高校生のソーシャルスキルと学業成績の影響過程の検討 潮村公弘・船越理沙
6章:教育、職業と知的柔軟性 木村邦博
7章:現代高校生の規範意識―世代論か発達論か― 余田翔平・木村邦博
8章:21世紀初頭における有配偶女性の性別役割意識―認知的不協和の終焉?― 木村邦博
あとがき 木村邦博
【付録と調査資料】 付録 統計用語についての補足
調査資料 お願い状・調査票・速報


学校生活と社会に対する高校生の意識調査 報告書の要旨

序章:調査の企画と実施

 「学校生活と社会に対する高校生の意識調査」は、東北大学教育文化研究会のこれまでの蓄積を踏まえつつ、様々な意味で「変動期」にある日本社会の現状を考慮し、主として以下の3つの目的をもって実施した。まず第1に、このような社会状況において、高校生(およびその保護者)の社会や生活に対する態度(不公平感、満足感、学習意識、就業意識など)と社会的スキル(問題解決能力、コミュニケーション能力など)がどのような特徴を示すのかを明らかにすることである。第2に、これらの意識やスキルの形成過程はどのようになっているのかを解明することである。第3に、以上のことが「階層再生産」にどのように関係しているのかということを、実証的に検討することである。
 そのために、宮城県内の高等学校3校で高校生とその保護者のサンプルを対象として、4年間にわたる繰り返し型調査(一部はパネル調査)を実施した。調査協力を依頼する高校を選ぶに当たっては、すでに「学校改革」に一定のめどがついたりするなどして、調査受け入れの体制が比較的整っている学校という条件を設定した。そのような学校は、いわゆる「進路多様校」という性格を持っていることが多かったので、この調査研究は、「進路多様校」の事例研究と言ってもよい。この3校における平成21(2009)年度入学生のコーホートとその保護者を対象にして、高校在学中の毎年度と卒業後に、計4回にわたって自記式配票調査(ただし、卒業後の第4回目は郵送調査)の形で実査を行った。

1章:高校生の進路希望と親の進路期待のマッチング

 本章では、高校生の進路希望と親の進路期待の関係性に注目し、第1回調査から第3回調査までのマッチング・パターンの推移について分析した。分析の結果、以下の知見が得られた。
 (1) 高校生、父親・母親のいずれも、第1回調査から第3回調査にかけて、高校生の進路希望と親の進路期待は大学進学に向けられるようになる。(2) 高校生は親の進路期待に影響されるだけでなく、冷却の失敗や加熱の失敗など、ミスマッチが生じている。(3) 親学歴、職業威信の高い親ほど、親の進路期待に高校生が応じ、大学進学を希望するようになる。(4) 小・中学校時の学校外教育投資は、必ずしも大学進学に向けて親の進路期待と高校生の進路希望をマッチングさせるわけでなく、親の進路期待と高校生の進路希望のマッチングと学業成績はあまり関係がない。(5) 高校生女子において親子ともに大学進学を希望しない家庭が多く、親学歴の高い高校生女子は親子ともに大学進学を希望しがちになっている。
 これらの結果は、大別して2つの趨勢を示している。第1に、高校生の進路希望と親の進路期待は少なからず対応しているが、進路希望と進路期待のマッチング過程に階層要因は作用していても業績原理が強く働いているようにみえない。第2に、現在のところ、高校生の進路希望と親の進路期待のミスマッチは小さく抑えられているが、家計の教育費負担力が弱まるにつれて、ミスマッチが拡大していく可能性がある。

2章:高校生の教育アスピレーションときょうだい構成

 高校生の教育アスピレーションの形成過程には様々な要因が影響を与えていると考えられ、その中でも家庭に関する要因は重要な位置を占めている。本稿では、家庭に関する要因の中でも「きょうだいの存在」に焦点を当て、きょうだい構成と教育アスピレーションとの関係に迫った。クロス集計表をもとに作成した図より、以下のことが明らかとなった。
 まず、高校生の教育アスピレーションは、本人が男性か女性かということで大きく異なっている。男性は四年制大学を、女性は短期大学や専門学校を志望する人が多かった。次に、きょうだいの性別構成と出生順位と教育アスピレーションの関連をみたところ、男性かつ第1子、つまり長男の場合に特に四年制大学志向が強いこと、女性の場合には出生順位による教育アスピレーションの分布の違いがみられないことが示された。そして、年上のきょうだいの性別や学歴が年下のきょうだいに与える影響の検討からは、兄―弟の同性の組み合わせのきょうだいで、かつ兄の学歴が高い場合には、弟が高い教育アスピレーションを示すこと、女性も高学歴の兄がいる場合に、高い教育アスピレーションを示す人の割合が最も多いことが明らかとなった。男性に関しては同性の年上のきょうだいが、女性に関しては男女を問わず年上のきょうだいが、ロールモデルとなっていると考えられる。以上の結果より、男女で教育アスピレーションの形成過程や教育達成のメカニズムが異なっていることが推測される。

3章:高校生の職業アスピレーション

 若年層の就労・雇用問題の深刻化が懸念され、キャリア教育が実施されるようになり、現代の高校生も小学生の頃からキャリア教育を受け、「就きたい職業は?」と繰り返し尋ねられてきた。社会に出て働く時期が近付き、自分自身の働く姿をどのようにイメージしているのだろうか。本章では、職業アスピレーションの時代的変容と職業アスピレーションに対する家族による「社会化」効果について検討した。分析の結果明らかになったことは、以下のとおりである。
(1) これまでの知見と同様、男子では「未定」、女子では「専門職」を志望する者がもっとも多く、男子よりも女子の方が具体的な職業アスピレーションをもつ者が多い。男子の場合も具体的な職業では「専門職」がもっとも多い。
(2) 職業アスピレーションの全体的な傾向では、大きな時代的変化はみられなかった。つまり、他の世代(他の調査時点の高校生)と比較しても顕著な違いは見いだせない。
(3) 「専門職」アスピレーションの中では、女子で「医療保険従事者」の増加が目立つなど、全体的に見れば、堅実と考えられる職業を志望する安定志向の者は増加傾向にある。
(4) 職業アスピレーションは、親子の会話頻度や親への進路相談などによる「社会化」効果よりも、出身階層や本人の属性的な要因の影響が大きい。
本章の分析では「親子の会話頻度」を「社会化」効果の変数として用いた。高校生の回答は「会話の相手(父親、母親のいずれか)」を特定していない。「会話の内容」を特定していない。これらが特定できた場合には、違った効果が見られる可能性もある。

4章:進路多様校の高校生の学習意識と学習行動―高校生活3年間の変化を探る―

 学習意識と学習行動は、近年の教育をめぐる議論の中で特に重視されるようになった「自ら学び、自ら考える力」の重要な構成要素である。この章では、「学校生活と社会に対する高校生の意識調査」データを用い、高校生の学習意識と学習行動の分析を行った。この調査における「学習意識」とは、自分の学習のやり方に関する自己認識である「学習方法」と、「勉強することの意味」についての意識である(狭義の)「学習意識」のことである。一方、高校入学後の学校外教育の経験比率と、学校外での勉強時間が「学習行動」として扱われる。本章では、(狭義の)学習意識を再構成して得られる「学習動機」と、学校外学習時間に特に重点を置いて検討を行った。分析の結果は、以下の4点にまとめられる。
(1) 高校生活の3年間において学習意識はあまり変化しないが、学習時間は主に大学受験の影響で増加する。
(2) 過去の仙台圏における高校生調査のデータと比較すると、今回の調査では、学習意識(特に自発的な学習意識)が高まっている。その一方で、学校外学習時間には大きな変化はない。
(3) 学習動機は、生徒の希望進路および学校生活への適応度(学校生活の満足度・重要度)の影響を受ける。ただし、その影響はそれほど強くない。
(4) 学校外学習時間は、生徒の希望進路、内発的学習動機に加えて、父親学歴の影響を受ける。この傾向は、学年が上がるにつれて明確になっていく。
 これらの結果のうち、特に重要なのは(2)であろう。進路多様校の生徒の学習意識が過去の調査と比較して高まっている一方で、学習時間そのものはそれほど増加していないという意識と行動の不一致は、教育現場における有効性のある学習指導の難しさを物語っている。とはいえ、本章の分析は、(付録のパネルデータの分析も含め)ラフなものに過ぎない。高校生の学習意識および学習行動については、今後のより詳細な検討が必要である。

5章:3年間にわたる高校生のソーシャルスキルと学業成績の影響過程の検討

 本報告では、高校生のソーシャルスキルと学業成績の影響過程に焦点をあてて、3時点にわたる複数回調査データの特質を生かして、両変数における双方向的な因果影響関係について検討することを目的とした。
 交差遅れ効果モデル分析を実施した結果、1年次のソーシャルスキルから2年次の学業成績(自己報告による)への交差遅れ効果が傾向差水準で有意な負の影響関係を有していることが示された。
 男女別の分析の結果、女性においては、1年次のソーシャルスキルから2年次の学業成績への交差遅れ効果が有意な負の影響関係にあることが示された。一方、男性においては、いずれの時点においても有意な交差遅れ効果は示されなかった。
 次にソーシャルスキルの6つの下位尺度ごとに分析を行った結果、「関係開始」、「関係維持」、「記号化」の3つのスキルについては、1年次においてこれらのスキルが高いほど、2年次での学業成績は有意に低くなる傾向があることが示された。その一方で、「解読」、「主張性」、「感情統制」の3つのスキルに関しては、このような有意な影響関係が示されなかった。
 「関係開始」「関係維持」「記号化」の各スキルはいずれも、他者との関係配慮に関連した能動的に機能するソーシャルスキルであると考えられる。一方で、「解読」「主張性」「感情統制」のような受動的で関係配慮的とは言い難いソーシャルスキルは学業成績との間で影響関係が生じないという可能性が推量された。
 もう1点注目すべきこととして、1年次でのソーシャルスキルが高いことが、2年次の学業成績の低下を引き起こしているという影響関係が見出された。関係配慮型の能動的なソーシャルスキルが高いことが、他者との関係性の拡がりやそれに伴う相互作用を増加させ、それが学業成績を低下させることに繋がっていることも考えられ、今後さらなる検討が必要である。

6章:教育、職業と知的柔軟性

 グローバリゼーションの中にある現代日本社会の特徴のひとつとして、特に若年層の雇用の流動化を挙げることができる。このような背景のもと、日本の若者にこれまで以上に「スキル」や「知識」が求められようになり、またそのスキルや知識の更新も絶え間なく行われる必要がある、という見解が示されている。本章では、このようなスキルのひとつである「知的柔軟性」に着目する。知的柔軟性の概念は、「問題解決能力」を重視する学力観とも親和性が高いので、このような意味での「学力」がどのようなプロセスで醸成されるかを明らかにできると期待できるからである。また、現代日本社会において、格差の維持・拡大といった傾向が見られるか否かを検討する場合にも、知的柔軟性の果たす役割を無視できないと考えるからである。
 集計・分析には、第2回調査データを用いる。知的柔軟性は、「ハンバーガーショップ立地問題」に関する質問への回答をテキストマイニング(文章データの分析)によって分類し、尺度を構成することで測定した。回答者は、(1) 「顧客層・集客力」プラスアルファの回答、(2) 「顧客層・集客力」以外の要因の回答、(3) 「顧客層・集客力」の要因のみ回答、(4) 「わからない」、という4つのグループに分類できた。ただし、(1) のグループと (2) のグループはいずれも (3) のグループよりも知的柔軟性が高いけれども、(1) と (2) のどちらが上位に来るかは比較できないと考えることにした。
 知的柔軟性と基本的属性との集計結果を見た上で、〈両親(特に父親)の学歴・職業 → 高校生の知的柔軟性 → 高校生の進路志望(教育アスピレーション)〉という形で高校生の知的柔軟性が親の階層と自身の進路志望を媒介する要因になっているといえるか検討するために、高校生の大学進学希望を従属変数としたロジスティック回帰分析(ロジット分析)を行った。その結果、高校生の知的柔軟性が親の階層と自身の進路志望とを媒介する要因になっている、という仮説はあまり支持されそうにないことがわかった。少なくとも現状では、高校生の知的柔軟性が、格差の維持あるいは拡大の要因になっているとは考えにくいと言える。
 最後に、今後の課題として、地位達成過程・階層再生産における「知的柔軟性」以外の要因に注目する仮説の検討と、調査方法論上の問題の改善について指摘した。

7章:現代高校生の規範意識―世代論か発達論か―

 現代の青少年の規範意識をめぐっては、相反する2つの見解がある。一方では、世代間の違いあるいは時代効果を重視し、青少年(特に高校生)の規範意識が低下しているという主張がある。他方では、発達段階論の視点から、規範意識・道徳性には普遍的な発達段階というものがあり、高校生くらいの年齢になると規範意識・道徳性が一時的に低下するように見えるのは、自律的・形式的推論に基づいた道徳判断を行う段階が存在するからだ、とする考え方もある。
 本章の目的は、上記のいずれの見解(仮説)が支持されるのかを検討することである。分析結果および考察を要約すると以下のとおりである。(1)単純集計の結果からは、保護者の方が高校生よりも規範意識が高く、規範意識の世代差が存在するように見える。しかしながら、単純集計のみでは、規範に関する個人の中での回答パターンを読み取ることができないため、そうした規範意識の潜在構造に着目する必要がある。(2)そこで、潜在クラスモデルを適用したところ、高校生・保護者ともに、コールバーグの道徳性発達理論と整合的な意識の構造が見られた。具体的に言うと、対人関係との調和に重きを置いた「よい子志向」の「第3段階」、自律的・形式的推論にもとづいて道徳判断を行う「第4段階B」に相当すると考えられる回答パターンが確認された。(3)そして、発達段階説の「第4段階B」における自律的・形式的推論を基礎づけるものとして、「他者危害排除の原則」(他人に迷惑をかけなければ何をしても良いという考え方)と「場面依存的判断の原則」(学校という組織の中だけで通用する規範と社会全体の中で通用する規範とを区別して、何が「してはいけない」ことかを判断する、という原理)という2つの原理が浮かび上がってきた。
 以上の知見を踏まえると、現代の高校生の規範意識に関しては、世代論よりも発達論的な見解の方が支持される。

8章:21世紀初頭における有配偶女性の性別役割意識―認知的不協和の終焉?―

 1980年代・1990年代の日本において、有配偶女性の学歴、就業形態、性別役割意識の間に、次のような(一見するとパラドキシカルな)傾向があることが指摘されてきた。(1) 教育年数が長いほど、性別役割分業に批判的な意見を持つ者の割合が大きい。(2) 有職者の方が専業主婦よりも性別役割分業に批判的な意見を持つ者の割合が大きい。(3) しかるに、教育年数が長いほど専業主婦の割合が大きくなる。そしてこのような傾向の背景には、「労働市場の分断のもとでの合理的選択と認知的不協和」というメカニズムがあるという仮説が提唱された。
 ところが、21世紀初頭に行われた社会調査のデータを分析してみると、上述のような傾向がそれほど強く見られなくなってきている。認知的不協和とその低減を想定した仮説が、もはやそのままでは適用できない状況になってきているとも言える。本章では、東北大学教育文化研究会が実施した、「教育と社会に対する高校生の意識」第6次調査(2007年)および「学校生活と社会に対する高校生の意識」第2回調査(2010年)のデータを用いて、このような変化を記述するとともに、その変化をもたらした要因について考察する。
 このような変化を説明しうる要因として、「社会的望ましさ」による回答と、労働市場の構造の変化とを想定する仮説をたてた。そして、それぞれの仮説から導かれる予想を、試行的な形ではあるけれども、時系列データの分析によって検討した。いずれの仮説からの予想も、「部分的」に支持されることが示唆された。
 しかし、本章で行ったのはあくまで試行的な形での検討にすぎない。今後、より精緻な分析手法を用いて、いずれの仮説がより妥当と言えるのか、あるいはまた別の仮説の方が変化を説明しうるのか、本格的に考察を深めていかなければならない。


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