「教育と社会に対する高校生の意識」第1次調査


第一次調査 調査の概要
正式名称 教育と社会に対する高校生の意識−第1次調査
実施 1987年1月
対象 層化三段抽出法により抽出した、仙台圏(多賀城市、名取市を含む)にある14の高校・高専の2年生とその両親
実施方法 高校生は自記式集合調査、両親は自記式配票調査
回答者数 高校生 1225名(回収率93.4%)、父親 984名(回収率75.0%)、母親 1108名(回収率84.5%)
目的 現代社会が直面する重要な諸問題(受験戦争や環境問題等)に共通のメカニズムである社会的ジレンマ(社会の成員が、一人一人にとってはより良い選択をした結果、それが集積して社会的損失をもたらす)に着目し、それを解決するための条件を、価値観やその形成過程、とくに学校教育と家庭教育との関係に焦点を当て、解明する。また、進路選択に対する希望についても検討する。
報告書 東北大学文学部教育文化研究会(編). 1988.『教育と社会に対する高校生の意識−第1次調査報告書』東北大学文学部教育文化研究会.


報告書(残部なし)

東北大学文学部教育文化研究会(編). 1988.『教育と社会に対する高校生の意識−第1次調査報告書』東北大学文学部教育文化研究会.

第1次調査 報告書の目次
まえがき
【本報告書の概要】
序章:調査の企画と実施
1章.社会的ジレンマをめぐる意識と行動 海野道郎・鈴木淳也
2章.現代社会の評価:不公平感の断層 海野道郎
3章.高校生における有効性感覚 鈴木仁
4章.学歴社会における教育選抜過程と社会的態度 細川浩昭
5章.社会階層と社会化価値:階層による親の教育方針の違い 片瀬一男
6章.学校における競争原理の評価:教育競争の個人的効果と社 会的効果をめぐって 片瀬一男
7章.新世代の集団倫理(SOCIAL ETHIC):事例研究(宮城工業高 等専門学校第2学年生) 鈴木昭逸
座談会:「教育と社会に対する高校生の意識」をめぐって 吉田秀三(司会)・小口貞雄・佐々木翠・鈴木敏雄・早坂利夫・ 松山和夫
あとがき
【付録】 1.調査票
2.単純集計表


第1次調査 報告書の要旨

序章:調査の企画と実施

 環境問題を始め現代社会が直面する多くの重要な問題の底に共通に潜んでいる「社会的ジレンマ」を解決するためには何が必要なのか−−その条件を、将来の社会を担う青少年(特に高校生)を対象として探ろうとするのが、この調査研究の主な目的である。そのために、「社会的ジレンマ」の中で高校生はどのように行動するか、その行動は彼らの価値観とどのような関係にあるのか、その価値観はどのように形成されるのかを、高校生自身の発達・成長、学校教育や家庭教育との関係に焦点を当てつつ解明しようとした。
 調査は、仙台都市圏の高校および高専(計14校)の2年生、およびその両親を対象とし、1988年1月から2月にかけておこなった。高校生は「自記式集合調査」、父親と母親は「自記式配票調査」によった。計画サンプル数は、14校を合わせて、1312組(高校生、父親、母親)であり、回収率は、高校生93.4%、父親75.0%、母親84.5%である。

1章.社会的ジレンマをめぐる意識と行動

 3つの社会的ジレンマ状況における行動や態度(行楽地におけるゴミ捨て行動、駅前の駐輪問題に対する態度、新幹線騒音に対する態度)の底には共通した態度(他者に対する共感)の存在することが推測された。すなわち、他者に対する共感能力の欠如した人が、行楽地にゴミを捨て、いままでどおり駅前に自転車を止め、新幹線による被害は住民が我慢すべきだと考える傾向がある、と思われる。また、政治的有効性感覚が低い者ほどゴミ捨て行動をすることが見いだされた。さらに、親子のゴミ捨て行動を分析すると、父、母、高校生のゴミ捨て行動は一致する傾向がある。しかも、親の実際の行動よりは、親の行動に対する高校生自身の認知の方が一致度は高い。親の属性の中では、学歴が最も大きな影響力を持つ。親の学歴が高いほど、親自身も、その子である高校生も、ゴミを持ち帰る傾向にある。また、ゴミ捨て行動の理由を分析すると、「捨てる」人は「非確信的」な理由(面倒なので/なんとなく)が相対的に多く、「持ち帰る」人は「自覚的」理由(公衆道徳として当然のことだから/ゴミは周囲の美観を損なうから)が相対的に多かった。このことからも、上記の「共感性仮説」が傍証されよう。

2章.現代社会の評価:不公平感の断層

 今の日本社会は、高校生および母親のうちの7割以上の人から、全般的に「どちらかといえば)不公平だ」と評価されている。しかし、父親は、「不公平」とする者の比率が6割弱である。
 親の不公平感は、子どもの不公平感に影響を及ぼしている。影響力の強さに関しては、2つの要素が存在する。 1)高校生に対しては、男女を問わず、父親の影響力よりも母親の影響力の方が大きい。 2)父親も母親も、同性の子どもに対する方が、影響力が大きい。また、両親の不公平感が一致している場合には、子どもに対して大きな影響力を持つ。
 不公平が存在すると指摘された領域は、第1に「学歴」である。反対に最も指摘が少なかったのは「思想・信条」である。そのほか、「職業」は親世代の指摘率が高く、「人種・民族」は子世代の指摘率が高い、等々、特徴が見られる。
 さらに、全般的不公平感の規定因は、父親の場合、「学歴、職業、貧富」という現代の日本社会における地位達成の主要素である。この関係は、母親では保持されるものの、高校生ではかなり変容する。

3章.高校生における有効性感覚

 社会に対する高校生の有効性感覚(力を合わせれば社会や学校を変えられるとういう感覚)について分析を行った。まず、高校生の有効性感覚は必ずしも一次元的な構造をもつものではないことが明らかになった。すなわち、高校生は身近なことがらほど変革可能で、自分から遠い世界については変えられない、と考えているわけではない。中には、皆で力を合わせれば変革できるものとして、身近なことがらよりも、自分から遠い世界を指摘する者がみられた。
 また、こうした有効性感覚は、生徒会やクラス、クラブ活動で積極的な役割を担っている者ほど強い。このことは、学校内での集団参加活動を通じて積極的な性格特性が形成されることによるものと思われる。ただし、その活動で得られた充実感・達成感も有効性感覚に影響を及ぼす。すなわち、集団参加活動に伴う充実感が大きい場合、有効性感覚も強くなるが、逆に充実感が小さい場合、有効性感覚は弱くなる。
 他方、有効性感覚は、社会に対する態度や社会のイメージにも影響を及ぼす。有効性感覚の強い者ほど社会に積極的に関わろうとするが、逆に有効性感覚の低い者は社会に否定的なイメージ(「不公平」「拘束」「退廃」など)を持ち、また社会変革に対して無関心や諦めといった態度をとりやすい。

4章.学歴社会における教育選抜過程と社会的態度

 教育選抜過程が、社会に対する高校生の態度にどのような影響をもたらすか検討した。すなわち、まず彼らの所属する高校を3つの類型(大学進学率の高い普通科T、就職率の高い普通科U、職業科)に分けるとともに、各類型内で成績を3段階(上、中、下)に分けた。この学校類型と成績は、今日の学歴社会に特有の教育選抜過程において、高校生が占める位置を表すものである。そこで、こうした教育選抜過程における高校生の位置が、彼らの社会観とどのように関連しているか検討した。
 その結果、生活満足感や社会的態度は、教育選抜過程による影響を強く受けることが分かった。すなわち、教育選抜過程で有利な位置にいる者ほど、生活に対する満足感が高い。逆に、不利な位置にいる者は、生活満足感が低いだけでなく、社会に対する諦めの態度−−現状には不満だが、どうせ変わらないからと諦める傾向−−が見られた。
 しかし他方、普通科Tの成績上位者には、この傾向から逸脱する傾向が見られた。普通科Tの成績上位者には、生活に満足しながらも、社会に対する諦めの態度を示す者が多く見られたからである。この態度の逆転は、彼らが有利な位置にいるためにある種の自信を抱くために生ずると考えられる。すなわち、今の社会を不公平であると認識しつつも、少なくとも自分の力で個人生活を満足できるものにする自信があるがゆえに、彼らは社会に対して強気な態度をとるのではないだろうか。

5章.社会階層と社会化価値:階層による親の教育方針の違い

 従来から、親が子供を養育する際に重視する価値(社会化価値)は、親の階層上の地位−−職業や学歴など−−によって影響を受けることが指摘されてきた。そして、中産階級では、子供に自律性を期待するのに対して、労働者階級においては、他者への同調を求める傾向がある、とされてきた。
 今回の調査結果から、この仮説が部分的にはあてはまることが示唆された。すなわち、とりわけ父親において、職業階層はいくつかの社会化価値に影響を及ぼしている。そして、専門・管理や事務・販売といった職業に従事する父親ほど、子供に自律性を期待し、労務・農業に携わる労働者ほど同調性を期待する傾向にある。親の学歴もまた、子供に対する社会化価値に影響を持っている。全体として、高学歴の親ほど子供に自律性を求め、逆に学歴が低いほど他者への同調を重視する傾向をもつ。
 このうち、学歴の効果は、父母ともに見いだされた。しかし、職業の効果は母親においてはほとんど見られない。つまり、母親の場合、働いているか否かだけでなく、働いている場合でもどんな職業についているかによっても、子供に対する社会化価値には大きな違いはない。
 他方、親の社会化価値には、親自身の地位よりも子供の側の条件によって影響される側面もある。こうした子供の側の条件では、とりわけ父親の社会化価値において、子供の性別による影響が見られる。そして、男子には自律的態度を、また女子には同調的態度を期待する傾向がある。特に、職業威信や学歴の高い父親は、女子に対して伝統的な性役割を強調するように思われる。これに対して、母親の社会化価値は、父親に比べて職業的地位ばかりでなく、子供の性別によっても影響されにくい。

6章.学校における競争原理の評価:教育競争の個人的効果と社会的効果をめぐって

 学校教育における競争(受験や試験のための勉強)がもつ効果について、高校生とその親がどのように評価しているか検討した。競争の効果を個人的効果と社会的効果に分けた場合、高校生は両親に比べると全体に競争の効果に否定的な評価をする。また、父親が競争の社会的効果に肯定的であるのに対して、母親は個人的効果に肯定的な傾向を示す。
 他方、競争に対する高校生の評価は、彼らが教育競争において占める位置に影響されることが分かった。まず、競争の個人的効果については、教育競争において有利な位置にいる者−進学校の生徒や成績上位者−ほど肯定的な評価を示す。このことは、彼らが実際に教育競争によって何らかの利得(能力や学力の向上、希望する進路の実現など)を得てきたためと考えられる。しかし他方、競争の社会的効果については、教育競争において有利な位置にいる者ほど肯定的な態度を示すとは言い切れない。むしろ、職業科の生徒ほど、競争の社会的効果に肯定的である。このことは、職業志向の強い者ほど、現実の企業社会の競争原理を暗黙のうちに受け入れ、肯定する態度を形成することによるものと考えられる。
 こうした競争評価のあり方は、また高校生の社会観とも関連している。競争に肯定的な者は、今の社会が本人の努力や才能の発揮によって出世できる公平な社会であると見ているのに対し、競争に否定的な者は結局、世渡りのうまい人や親の地位の高い人、コネのある人が幅をきかす不公平な社会と見ていることがうかがえる。

7章.新世代の集団倫理:事例研究(宮城工業高等専門学校第2学年生)

 宮城高専の学生を他の高校の学生と比較すると、いくつかの特徴が指摘できる。まず第一に、高専生は全体に悲観的・冷笑的な社会観をもっている。すなわち、個人レベルでも社会レベルでも不満感が強い一方で、教育における競争原理には現状肯定的な態度をとる傾向にある。また第二に、広く外界(「世界」や「日本」)に対して開かれた目を持つ反面、身近なもの(「学校」や「家庭」)に対する関心や愛着が薄い。公共的なしつけや思いやりの精神に乏しい傾向も見られる。第三に「学歴」に対するコンプレックスをもつ一方で、「実力」に対しては信仰に近い思い入れを示す。
 総じて高専生は、年齢の割には生活実感の重みを感じつつ、競争原理が支配する現状に肯定的な傾向を示すという点で、「理想喪失型」の青年と言える。こうした高専生の特性は、実は「現体制」や「企業」、さらには「教官集団」自身が密かに望ましいものとしているところではないか。最も恐ろしいことは、学生がそれを肌で感じ、自ら進んで馴化していることではないだろうか。

8.座談会:「教育と社会に対する高校生の意識」をめぐって

 1章から7章の論文の原案を素材に、高校教育の実情に詳しい校長経験者や現職教員が、率直に意見を交換した。高校生と受験問題、高校生の自律性と協調性、公平感と社会的ジレンマについてさまざまな意見が提出され、それを通して、1章から7章までの分析では捉えきれない高校生の姿が浮き彫りにされた。


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