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『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第76巻(2008)3月号, pp.18-19 掲載

『エスペラント日本語辞典』の使い方(3) 語義

後藤 斉


一般に辞書を引くのは、多くの場合、ある単語の意味がわからず、それを 知りたいときでしょう。ですから、単語の語義をきちんと伝えることは 辞書の第一の役目だと言えます。辞書の役目がこれだけでないことは この連載の全体としては強調したいのですが、語義の解説が辞書の記述の 中心的な部分だということは間違いありません。

ある単語の意味を調べようとする場合、日本語の訳語を一つだけ得られれば いいと思いがちなのではないでしょうか。しかし、残念ながら、エスペラントと 日本語との間で、単語が一対一に対応することは、学術用語などの場合を除けば、 あまり多くありません。

対象物は現実世界の中で決まっていて、それに付ける名前が日本語と エスペラントで違っているだけだと思いがちですが、そうではありません。 例えば、エスペラントには「かばん」に直接対応する単語はありません。 旅行かばんのように直方体のしっかりしたものはkofroやvalizoであり、 上に口があいている袋状のものはsakoですが、これはポリ袋や紙袋も含みます。 一方、日本語の「ナイフ、包丁、カッター」にあたる区別はエスペラントでは 普通はせずに、一括してtranĉiloと言います。どの範囲を一つの概念として まとめて名前をつけるかは、言語ごとに異なるのです。

なお、誤解されることがよくありますが、エスペラントの単語は語源的に つながりのあるヨーロッパ語の単語と意味的にもきれいに一致しているわけでは ありません。例えば、エスペラントのhorloĝo「時計」の語源はフランス語 horlogeですが、このフランス語の単語は主として駅などの大時計を意味し、 身近な掛け時計や置き時計は別の単語で、腕時計などはさらに別の語で表します。 エスペラントのhorloĝoの指す範囲はむしろ日本語の「時計」に近く、 ずっと広いことになります。

辞書の語義解説は「定義」と呼ばれることもありますが、日常言語に属する 単語については、学術用語の場合のように厳密な定義にはなりません。 日常の言語はもっと自由な使い方がされるので、おおまかな意味範囲を示すことしか できないのが普通です。

意味の範囲がエスペラントと日本語の単語同士でほぼ一致する場合には、 エスペラントの一つの単語に一つの訳語をつけることができます。そうでない 場合は、二つ以上の訳語を並べ、場合によっては、さらに解説や注記で補足する ことになります。いずれにせよ、これらは厳密な定義を与えているというよりは、 近似値をヒントとして示しているものと考えていただく必要があります。なお、 例文の訳文のなかで、語義部分に挙げなかった訳語を使っていることもあります。 見出し語の語義は、これらを総合して捉えてほしいのです。

例えば、kuriは「走る」に近いですが、日本語では「自動車が走る」と 普通に言うのに対して、"La aŭto kuras."は慣用的な表現ではありません。 もっとも、中心的な語義からの拡張として理解できますので、誤用と言うほどの ことはなく、多くはないながら実例もあります。「走る」にとっては 「すばやく移動する」点が重要であるのに対して、kuriでは移動の様態が むしろ重要であると考えられます。この辞典では、kuriの第一語義を 「〔人・動物が〕走る, 駆ける〔普通, 足がみな地面から離れる瞬間のある 移動のしかたを言う〕」とし、第二語義として「速く移動する, 速く動く」を 挙げることで、このことを示唆しています。

この辞典では、さらに、一部の単語についてですが、エスペラントの辞典としては 初めての試みとして、基本義として、訳語の羅列では示しにくい中心的な語義を 解説的に示しています。例えばfidelaには「他者の期待に常にきちんと応える」 という基本義を立てた上で、「忠実な」という語義を与えています。 この基本義をふまえると、fidela abonanto de gazeto 「〔購読をやめたり 他誌に切り替えたりしない〕雑誌の愛読者」という例文での使い方を含めた この単語の語義が、よりよく理解できるのではないでしょうか。

語義というとき、客観的に捉えやすい指示対象を思い浮かべがちですが、 それだけではありません。例えば、apriloは一年の第4の月の名前であり、 「4月」という訳語で十分なように思えるかもしれません。しかし、日本語の 「4月」には新学年、新年度の始まりという含みがあり、このような含みも 「4月」の語義の一部です。エスペラントのapriloにはこのような含みが ありませんので、そのことを明示するのがいいでしょう。

また、facilaの第一義は「容易な、やさしい、簡単な」ですが、「軽やかな」と いう派生的な語義もあります。この派生義はper flugiloj de facila ventoという エスペラント賛歌La Esperoの一節としてなじみ深く、この歌詞への強い連想を 伴います。このような連想も語義の一部であり、エスペラントの文化を構成する 要素と捉えることができますので、中級以上の学習者には知ってほしいことです。

『エスペラント日本語辞典』はこのような多様な語義のあり方をいろいろな 方法でできるだけ伝えるように努めています。単語の意味を調べるときに、 一つの訳語だけで満足せずに、その項目の記述全体を読んでいただきたいのです。

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