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『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第76巻(2008)11月号, pp.6-7 掲載

『エスペラント日本語辞典』の使い方(9) 品詞

後藤 斉


「品詞」という用語は多くの人にとってそれなりになじみがあるはずですが、実は、分かった ようで分からないところがあります。名詞という部類は当り前のように思えるでしょうが、 普遍的な定義は困難です。普通は「ものやことを示す」といった意味的な基準が考えられますが、 manĝo「食事」を名詞とする一方で manĝi「食べる(こと)」を動詞とするのは、特に Manĝi estas necese. 「食べることが必要だ」のような文での使い方を考えると、それほど 自明なことではありません。日本語の「事故のために」や「人のためを思って」の「ため」は 名詞と考えざるをえませんが、使い方が非常に限られている上、それ自体の意味を特定しにくい ように思われます。

また、「違う」は動詞ですが、動作というより様態を意味しているようです。動詞「ある」の 反対語が形容詞「ない」であるのも、不思議といえば不思議です。形容詞と動詞の区別もそれほど 明確でないのかもしれません。

というわけで、品詞を理解するには、意味だけから考えるのではなく、形態、意味、機能などを 総合して、文法上の単語の振舞い方の全体を考慮して分類することになります。ただ、これを 追究しだすと深みにはまり込んでしまいます。品詞をいくつに分けるかさえ、意見の相違がある ものです。

この問題について、この辞書ではあまり深入りしていません。例えば、名詞は品詞語尾 -o を 持ち、文の中で主語や目的語として働き、(必要に応じて)対格や複数の語尾を取ることができる 単語の部類と、大まかに考えておいてよいでしょう。

なじみの薄い用語であるため、この辞書の文法解説では使うのを避けましたが、「内容語」と 「機能語」という分け方も有益です。内容語とは、事物や動作、様態など、実質的な意味内容を 表す語であり、機能語は実質的な意味内容というより文法関係などを表示するための語です。 この区別が、エスペラントでは品詞語尾の付いている単語とそうでない単語の別におおむね対応 していることは、エスペラントの重要な性質です。

多くの言語で内容語と機能語にあたる区別があります。前者は数が多く、新語が導入されやすい のに対して、後者は数が限られているが、それぞれの頻度が高く、使い方の幅も広い、といった 性質を示すのが普通です。実質的な意味内容をもっている名詞や動詞は、わからなければ別の 表現で言い換えることも可能ですが、機能語を言い換えることは自分の母語でも難しいことです。 単語を覚えるという場合、名詞や動詞のことを思い浮かべがちですが、機能語の大部分は、 どの言語を学ぶ際にも、初期のうちに覚えこんでしまうのがいいということになります。 エスペラントも例外ではありません。

副詞という部類に、品詞語尾のあるものとないものがあることはエスペラント文法の基本 事項ですが、これは、副詞が雑多な単語を含んでいることを反映しています。実際、副詞は 「品詞のゴミため」と呼ばれることさえあります。品詞語尾 -e を持つ副詞の大部分は、他の 単語からの転成(bona「よい」→bone「よく」)として理解できますが、eĉ「…でも」やnur 「…だけ」は文の中での使い方がこれらとはかなり違っていて、同じ扱いにするにはためらいたく なるところもあります。

とはいえ、品詞の分類には単語の機能も考慮されていますから、ある単語の品詞を知ることは その使い方を知ることにつながります。例えば、dum「〜の間」には前置詞と従属接続詞の二つの 品詞表示があるので、dum dormado「眠っている間」とdum mi dormis「私が眠っている間」の 両方の使い方が可能だとわかります。他方、antaŭ「…の前に」やpost「…より後で」は、 単独では、前置詞の表示しかありません。名詞が続くときはantaŭ la milito「戦前」と 言えますが、節が続くときには、antaŭ ol ŝi naskiĝis「彼女が生まれる前に」のように なることが示されているのです。

時としてsed「しかし」とtamen「けれども」の違いにとまどう人もいるようですが、これらの 最も大きな違いは、sedが等位接続詞であり、tamenは副詞であるという事実です。このことは、 sedの基本的な使い方が対立的な二つの文をつなげることであるのに対して、tamenは一つの文の 内部の要素であって、それ自体につなげる働きはない、ということを示しています。ここからの 帰結として、sedが二つ目の節の先頭にしか置けないのに対して、tamenの文中での位置が比較的 自由だということにもなります。

品詞は、単語について考えるのが普通ですが、語根そのものが品詞の性質を持っているという 考えはエスペラント学における大きなテーマでした。libro「本」はもちろん名詞ですが、 品詞語尾が付く以前の語根 libr- 自体にすでに名詞性があるというのです。この辞書では、 語根に「代表的な品詞語尾」を付けて主見出し語にしている、というところにその考えが 現れています。

この考え方がおもしろいのは、broso「ブラシ」―brosi「ブラシをかける」とkombi 「くしでとかす」―kombilo「くし」という、いわば非対称な関係を、bros- は名詞語根であり、 komb- は動詞語根だということで説明するところにあります。danĝera「危険な」の反対語を sendanĝera とするのも danĝer- が名詞語根だから、ということになります。

多くの形容詞語根からは、動詞語尾をつけて様態を示す動詞を派生させることができます (grava「重要な」→gravi「重要である」)。動詞としての頻度の低いものは辞書に掲載して いませんが、alti (=esti alta)のような派生も可能です。しかし、他品詞語根からの派生 形容詞の場合には、同じような派生はしにくいのです。

このように、品詞の語根性という考えは、造語を説明するのにかなり役立ちます。一つの 語根は必ず一つの品詞の性質を帯びているといった厳格な主張をしだすと、これも煩瑣な議論に 陥ってしまいますが、理解に役立つ範囲でこの知識を利用しておけばいいでしょう。

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