東北大学方言研究センター

研究活動
昭和初期東北方言調査資料のデータベース化

東北大学国語学研究室には、昭和初期に小林好日教授が行った東北方言の分布調査資料が保管されています。264項目、2000地点にわたる大規模な調査で、その結果は当時の東北方言の状態を知るための貴重な記録となっています。現在、研究室では、この資料を調査票のままの電子媒体で画像化し、データベースを構築する作業を進めています。
画像のサンプルはこちらをご覧下さい。
研究組織: 小林 隆(東北大学大学院文学研究科教授)
  斎藤 倫明(東北大学大学院文学研究科教授)
  大木 一夫(東北大学大学院文学研究科助教授)
  遠藤 仁(宮城教育大学教授)
  竹田晃子(盛岡大学非常勤講師)

次に、この資料について紹介します(以下、竹田晃子作成)。
一部、この資料から手書きで作成した方言地図がありますので、ご覧下さい。

1.はじめに

この調査は、1940(昭和15)年頃、東北帝国大学教授 小林好日氏(こばやし よしはる1888−1948)によって行われた東北方言の通信調査です。その一部は、著書『東北の方言』(1944(昭和19)三省堂)等に発表されて高い評価を得ましたが、全成果の発表が待たれる中、氏は1948(昭和23)年に逝去なさいました。東北大学在職中の逝去であったため,調査の資料は同大学文学部国語学研究室に引き継がれることとなりました。

ここでは、小林好日氏の著書や、学術支援団体に提出された氏の報告書、東北大学に保管されている調査票や統計表などをもとに、この資料の全体像を紹介します。

2.東北方言分布資料の存在

2.1. 小林好日氏の略歴・業績

小林好日氏は1886(明治19)年、東京に生まれ、東京高等師範を経て、1922(明治45)年に東京帝国大学国文学科を卒業(専門は国語学)、東洋大学・東京女子大学などを経て、1934(昭和9)年に東北帝国大学に赴任。著書には、『国語学概論』(1930)、『国語学の諸問題』(1941)、『標準語法精説』(1922)、『国語国文法要義』(1927)、『日本文法史』(1936)他がありますが、これらのほとんどは東北帝国大学に赴任する前に取り組まれていたようです。東北大学赴任後は奥羽方言の調査・研究に努め、『東北の方言』(1944、三省堂)を著しますが、1948(昭23)年2月、同年3月の定年退官を目前に急逝なさいました。最後の著書となった『方言語彙學的研究』は、遺稿に京都大学へ提出されていた博士論文の章を加え、1950(昭和25)年岩波書店から出版されたものです。

2.2. 調査の概要

(1)調査の目的

調査の目的について、小林好日氏の報告書には「古き時代の音韻、語彙、語法を多分に遺存する東北方言を調査して其の全貌を明にし史的研究に資すると共に將来の國語學建設に對する資材の充實を圖らんとす。(『事業報告』p71)」などとあり、言語地理学的手法と文献国語史的研究によって日本語の歴史を解明するという目的が伺えます。また、調査者に対する調査指示(第1回、第3回の調査票表紙の「記入法」による)には、「お年寄りに相談して書いて下さい」とあることから、伝統的方言を対象にしていたことがわかります。

これらのことから、調査の直接の目的は、東北地方における伝統的方言の分布把握にあったと考えられます。

(2)調査の方法

この調査は、小林好日氏が教育機関に調査を依頼し、調査結果を記入させた調査票が回収されました。多くの調査票には折りあと(縦に二つ折)などがあることから,記入後は大多数が郵便によって回収されたと考えられます。

調査が依頼された教育機関は、尋常高等小学校(1941(昭和16)年度のみ国民学校。東北地方に設置された本校の総数は約2400〜2600校)、各県の男女師範学校(全6校)のうち、ほぼ全校で、そのうち9割ほどから調査票が回収されていると思われます。

調査票は、サンプルのようなものが用意されました。これは第1回の調査票ですが、表紙の上段に、地名、調査者氏名、締め切り日があります。下段に、記入法(発音の表記、使用順位、参考例の使用法、語形の新古、使用者の年代)があり、これは事実上の調査法の指示にあたると考えられます。


図4 調査地点一覧

また、調査票の本文は、サンプルに示したように、上から、No.標語、参考方言例、方言記入欄が用意されています。「標語」の数は、第1回:97、第2回:67、第3回:100、合計264になります。このうち、国立国語研究所『日本言語地図』全6巻の300枚中64枚、『方言文法全国地図』第1〜5巻の270枚中40枚と共通する調査項目が含まれています。小林好日氏の記述によると、「東北方言に特徴のある語彙をえらみ…(『服部報公研究報告』9,p75)」、「方言量の小さいもので國語の歴史的研究に逸すべからざる非常に古い語彙、言語の生態を知るに必要な非常に形の變つた語彙、そんなものに語彙學的對象として價値の大きいものがある。(『方言語彙學的研究』p21)」とあります。また、調査票の項目は、音韻・語彙・文法など多岐にわたっていますが、それぞれの分野を体系的に網羅するための項目が用意されているわけではありません。これらのことから、この調査票では、主に東北方言に特徴的な形式を得るための項目が用意されていたと考えられます。

調査地点について、地名の異なりを数えると2000ほどになり、人口や面積に対する地点数は、非常に高いと言えます。これらを『日本言語地図』『方言文法全国地図』などと比べると、次ののようになります。これらの地点を一枚の地図に配置してみると、図4のようになり、地点が混み合い、地図化の際に工夫が必要であることがわかります。

表 調査地点数と地点密度(県平均[東北地方の全地点数])

小林好日氏資料

日本言語地図

方言文法全国地図

調査地点数

321.32000

71.3[431]

24.8[149]

人口地点密度

28

4.7

1.7

面積地点密度

33

6.6

2.3

調査者(調査票の記入者)については、小学校・国民学校からの調査票には、調査票表紙に学校名・学校印、「国」語科「読方研究部」などの記入や、校長・訓導など、役職名の記入があります。また、師範学校からの調査票には、「一部一年」「甲一年」など学年の記入や、「〜子」など、当時流行し始めた名前がみられます。これらのことから、調査者は、当時60代〜10代後半(明治15年頃〜大正末生まれ)の幅広い年層の男女と思われます。調査票の表紙や欄外に、方言文献の紹介、追調査の申し出、「発表誌お知せいたヾけませんか」などとあることからみると、調査者は方言に興味を持ち、おおむね協力的であったと思われます。

実際の回答者は、調査票からははっきり把握できません。しかし、教育機関に依頼した理由について、小林好日氏は「土地の人で自分の居村であるため小學校のヘ員となつてゐると云ふ人が甚だ多い。(『方言語彙學的研究』p22)」と述べています。また、一部の調査票に「調査者は当市の土着人にて自ら使用したる言語を記せり」などとあることから、調査者は事実上の回答者を兼ねた場合があると推測されます。

3.資料の意義

3.1. 学史的位置づけ

日本の方言地理学を総括した馬瀬良雄(2002)『20世紀における日本の方言地理学研究』(p23)は,小林好日(1950)『方言語彙學的研究』を日本の方言地理学上に位置づける記述において,地理学的方法に加え、文献資料との対比を重視、その実践を行っている点に特色を認め、文献国語史学と方言地理学の融合という新しい次元の研究を模索した点を評価しつつ、東北の方言地図が少ないことを疑問視しています。徳川宗賢(1993)『方言地理学の展開』(p26〜27)にも同様の指摘があります。この調査は、地点数が膨大であるため、当時の地図化は相当に困難であったと思われるが、「統計表」によっておおまかな分布と地域差を示すことには成功していたとみられます。

3.2. 資料の利用

この資料を利用して記述された論文には、次のような研究があります。

東北方言の概説:佐藤喜代治(1961)「東部方言の語彙1 北海道・東北」、佐藤武義(1981)「東北方言の語彙」

文献との対照:加藤正信・佐藤武義・前田富祺(1988)『方言に生きる古語』南雲堂

特定項目の考察:真田信治(1973)「東北地方における『いなご』と『ばった』の方言分布とその解釈――故 小林好日博士の調査資料を地図化して――」(第3回の調査について、概要の記述がある)

特定地域の考察:下野雅昭(1978)「伊達・南部藩境における等語線の推移」など

後年の調査結果との比較

※これらの地図作成には、国立国語研究所がHPで公開しているデータとプログラムを利用しました。
記して感謝申し上げます。

図6 資料の利用

小林好日氏の資料の第2調査票・標語No.55「(いくらでも早く)起きられる」の回答を集計し、地図化を試みました(1500地点)。山形県の分布に注目して、『方言文法全国地図』第177図「(目覚まし時計があるので早く)起きることができる」(東北全域で149地点)と比較するとのようになります。

3.3. 資料の意義

この資料が遺された1950(昭和25)年代以降,学界では調査員による臨地面接調査が重んじられ,通信調査で得られる回答(訓練を受けていない一般の人の仮名書きによる回答)は軽んじられる傾向が生じていました。録音機や音声記号が普及したこともあり,より正確な言語形式を得るための学問的手続きが整備され,それが重要視されたことは当然のことと考えられます。しかし,この調査から60余年を経た現代では,日本全国で方言の衰退が顕著であり,伝統的方言の記憶も失われつつあります。この先,いかに進歩した録音機器を用い,工夫を凝らした調査を行ったとしても,この資料と同等の方言量が得られることは二度とないでしょう。消滅を目前にした言語の記録資料として,この資料の内容を改めて検討する必要があります。

<参考文献>

小林好日氏自身の報告書
服部報公會(1938、1939、1940)『事業報告』第13、14、15(昭和13、14、15年度分)
服部報公會(1941)『研究報告』第9輯(昭和14年5月〜16年4月受理分を所収)
齋藤報恩會(1940、1941、1942、1943)『事業年報』第16、17、18、19(昭和14、15、16、17年度分)

加藤正信・佐藤武義・前田富祺(1988)『方言に生きる古語』南雲堂
国立国語研究所(1966〜1974)『日本言語地図』全6巻、財務省印刷局
国立国語研究所(1989〜刊行中)『方言文法全国地図』第1〜5巻、財務省印刷局
佐藤喜代治(1961)「東部方言の語彙1 北海道・東北」東条 操 監修『方言学講座』2、東京堂
佐藤喜代治(1980)「小林好日」国語学会 編『国語学大事典』東京堂出版
佐藤武義(1981)「東北方言の語彙」飯豊毅一他編『講座方言学』4、国書刊行会
真田信治(1973)「東北地方における『いなご』と『ばった』の方言分布とその解釈−故 小林好日博士の調査資料を地図化して−」『国語学研究』12、東北大学
下野雅昭(1978)「伊達・南部藩境における等語線の推移」『国語学研究』18、東北大学
竹田晃子(2003)「小林好日氏による東北方言通信調査」『東北文化研究室紀要』44、東北大学
徳川宗賢(1993)『方言地理学の展開』ひつじ書房
福田淳子(1990)「小林好日」昭和女子大学近代文学研究室『近代文学研究叢書』63、昭和女子大学
馬瀬良雄(2002)「20世紀における日本の方言地理学研究」馬瀬良雄監修『方言地理学の課題』明治書院

 
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