各教員紹介

高橋穰 [1885年-1968年]

1885年5月4日 香川県三島郡和田村生まれ
1906年9月 東京帝国大学哲学科入学、元良勇次郎のもとで心理学を研究
1909年7月 同上卒業、大学院進学
1922年4月 東京女子大学、法政大学講師
1924年11月 第一高等学校教授、倫理学及び心理学担当
1930年9月 東京帝国大学法文学部哲学科教授、倫理学担当
1935年5月 文部省在外研究員、ドイツ・アメリカに赴き37年6月帰国
1947年3月 東北帝国大学退職、4月に成城大学学長就任
1948年12月 博士論文「有機性の原理」で文学博士号取得(東北大学)
1952年5月 成城大学退職、10月に学習院大学教授就任
1958年3月 学習院大学退職、この後複数の大学で非常勤講師を勤める
1968年5月6日 死没

高橋穰の事績

 1885生まれ、1968年没。高橋(穣)はもともと哲学への関心を抱いて東京帝国大学に入ったものの、元良勇次郎(1858年〜1912年:帝国大学文科大学のち東京帝国大学教授、心理学者)の指導を受け、心理学の研究者として学究生活を出発させた。本人の回想によると、1909年に提出した卒業論文「意志活動特に其の特別要素に就いて」は、人間の心的能力における意志の地位をめぐってヴント心理学の批判を試みるものであったらしい。意志、あるいは意志の自由を重視するというこうした姿勢こそが、やがて心理学研究に限界を感じさせ、最終的に哲学・倫理学研究への回帰を導いたようである。

 高橋(穣)が意志の自由を哲学的に正当化しうるものと確信したのは、18年に出版された波多野精一・宮本和吉訳『実践理性批判』(岩波書店)に触発されてのことであった。晩年に執筆されたエッセー「学究生活の思ひ出」(66年)では、「宮本君の第二批判の校正刷を私が読む役を引受けるに及んで、私は始めてカントを精読する機会を得、その実践理性の優越の理論と、自由を以て純粋理性の事実なりとする立場とを、本当に理解することが出来(……)」(『高橋穰小論集』、106頁)と述べられている。その後、基本的にはカントを導き手として思索を深めていくことになった。

 いくつかの学校で研究教育活動に従事したあと、高橋(穣)は1930年に東北帝国大学へ倫理学担当として赴任。この時期も、講義では引き続きカントを取り扱っていたが、自身の研究ではもっぱらイギリスの倫理思想に注目していたようである。具体的には、シャフツベリ、ハチソン、ヒューム、アダム・スミスらの道徳感情論に関心を抱いていたのだが、これはカント倫理学を補強し、それに社会性を加味しようとしてのことであった。また、同時期には功利主義に関する研究にも携わっており、35年に論文「功利主義の道徳」(『岩波講座教育科学』第二〇冊)を、同年7月にはミル『功利主義』(岩波書店)の翻訳をおおやけにした。彼の思想的発展にイギリスの倫理思想がどのような影響を及ぼしたかを明らかにするには、残された文献資料が少ないこともあり、注意深い検討を要する。

 なお、東北帝国大学在任期に形成された思想は、戦後にも一貫して引き継がれたものと思われる。戦後、高橋(穣)は『心』をはじめとするいくつかの雑誌に頻繁に小論を寄せ、「個性」というテーマについてしばしば論じた。たとえば、46年7月に岩波書店の『世界』に掲載された論文「民主主義的教育の道徳的原理」では、デューイの民主的教育論に触れつつ、デモクラシーを画一性の排除と多様な個性の発揮を標榜するものとして評価している。これは時代状況に即した主張と言える。しかし、この論文で真に注目すべきは、個人における個性が、他との調和のもとにあることが自覚されてはじめて確保されるものであり、そうである以上、自他の有機的統一においてはじめて発見されるものである、とされた点である。高橋(穣)は、すでに40年の論文「倫理学」において、帰責不可能な習慣的行為と帰責可能な自由意志的行為とを統一的に説明し、ひいては意志的行為を行う複数の人格的存在者間の関係について説明するために、有機性の原理に最も重要な役割を与えていた(『岩波講座 倫理学』第十四冊、39頁以下)。48年12月に博士論文「有機性の原理」で博士号を取得したことからもうかがえるように、高橋(穣)にとってこの概念は、社会性について考察する際の鍵となっていたのであろう。なお、個性は個人だけでなく民族や国家においても見出されるものであるとされ、したがって民族・国家が普遍的人類社会との関係において持つ個性の如何も問われうるという。46年論文は戦後の日本国家における個性を天皇制と国体の問題に引きつけて論じているが、他方で同時に、達成されるべき政治形式については、「愛と信頼とを基礎とし、憎悪と闘争とを排する所の協同主義的なる社会主義」(『高橋穰小論集』、26頁)を挙げている。彼の倫理学説とこうした現実政治に関する意見とは、どのようにして結びついていたのであろうか。


著作・参考文献

代表的な著作

  • 『道徳心理教育』、岩波書店、1944年。
  • (編著)『岩波講座倫理学』第十四冊、1940年。
  • (翻訳)ミル『功利主義』、岩波書店、1935年。

参考文献

  • 高橋秀俊、高橋純、松井恵美、高橋道(編)、『高橋穰小論集』、青河書房、1968年。
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