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『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第76巻(2008)6月号, pp.17-18. 掲載

『エスペラント日本語辞典』の使い方(6) 造語法

後藤 斉


この連載の第一回で書いたように、『エスペラント日本語辞典』では語根配列の 方式を採用しています。見出し語は、単語としてのアルファベット順ではなく、 最終語根のアルファベット順に並んでいます。初心者に引きにくいという印象を 与えかねないことを承知の上で、エスペラントという言語のしくみを理解するために 必要だという、編集委員会での判断に基づくことです。

エスペラントの単語を見ると、どうしても語源が気になるという人もいるようです。 例えば、前置詞sen「〜なしに」が、ラテン語のsine (および、それと歴史的に 関係するフランス語sans、イタリア語senza) と語源的な関係があって、意味用法が 似ている、といったことがらです。このような語源的な関係は事実ですから、 このことに関心を持つのは健全な知的好奇心です。しかし、これはエスペラントの 単語のもつ性質の一面にすぎませんから、一般のエスペランティストがとらわれ すぎるのは考え物です。語源的な知識は、語彙力を高めるために役立つことも ありますが、運用能力向上にどうしても必要という訳ではありません。

エスペラントのそれぞれの単語は、語源的なつながりからは説明のできない 性質をもっています。意味や構文にもそれが現れることがありますが、最も 際だっているのが造語法です。エスペラントの単語(正確には語根)は、接頭辞や 接尾辞による派生語のもとになり、あるいは他の語根と一緒になって合成語を 作り出し、さらにそれを元に二次的な派生語、合成語を作り出せるという性質を もっています。

接頭辞や接尾辞を使って派生語を作り、単語と単語を組み合わせて合成語を 作ることは、もちろんエスペラント以外の多くの言語でも行われます。しかし、 エスペラントは、語根を基礎にした造語法をきわめて生産的に利用しているところが 特徴的です。意味的に成り立つ組み合わせは、原則として、使っていいのです。 これは、語源的に関係のあるヨーロッパ語の中での使い方とは直接の関係がない、 エスペラントならではのルールです。

また、派生や合成の際に語根の形が変わらないことは、教科書などでもあまり 強調されませんが、実はエスペラントの大きな特徴です。大抵の言語では母音や子音の 交替が起こることがよくあります。ヨーロッパ語では特に、この種の音韻交替が 頻繁に見られ、例えば英語のsing「歌う」とsong「歌」のように、単語の内部で 音韻交替が起こることもあります。日本語でも「酒(サケ)」と「樽(タル)」の合成語 「酒樽」は「サカダル」であって、母音と子音の交替が起きています。語根の形が 変わらないことは、当たり前のようでいて、決してそうではないのです。

造語法はエスペラントの大きな特徴ですから、これに慣れることは、 エスペラントの運用能力を高めるためにはぜひとも必要なのです。これが、 『エスペラント日本語辞典』では語根配列の方式を採用している理由です。その 造語法のしくみを知り、それに従って新しい単語を自分で作れること、また 未知の語を分解して理解できることは、エスペラントが身についたかどうかの 大きな目安になります。

合成語や派生語は『エスペラント日本語辞典』では、副見出し語として 扱われます。この辞書の見出し語総数は43814ですが、主見出し語(空見出しを含む)が 17633に対して、副見出し語が26181と、副見出し語の方がずっと多いのです。 中には数多くの副見出し語のある項目もあって、主見出し語arboには90の副見出し語が、 formoには77、iriには76、laboriには70があります。arboの下にある木の名前は 使い道が限定されてしまいますが、iriやlaboriの副見出し語の中には使いでのある 単語がたくさんあります

この辞書では見出し語の配列のルールをなるべく単純にするため、最終語根の 主見出し語の下に副見出し語として挙げています。最終語根が意味的に中心に なることが多いからです。副見出しの中では、品詞語尾の転換、接尾辞によるもの、 その他の順に挙げ、二次派生語は、原則として、もとになる派生語の下に挙げています。

接頭辞や接尾辞が共通の単語は、辞書の中に散らばっていて一覧することは すぐにはできませんが、例えば接尾辞-ig-は生産性が非常に高く、これを含む語は 1404語も挙がっています。エスペラントの運用能力向上のためには、接頭辞や 接尾辞などを早い時期に覚えてしまう必要があることが、ここからも お分かりでしょう。

エスペラントでは前置詞や本来副詞も造語において大きな役割を果たします。 例えば、前置詞senからは、接尾辞-ig-をつけて、senigi「なくす、奪う」という 動詞を作ることができます。senと(主に)名詞的な語幹を組み合わせて、 「…のない」「…なしに」の意味の形容詞や副詞(sennoma「名前のない,無名の」、 senkaŭze「わけもなく」など)を作ることができます。さらに、senfebrigi 「熱を下げる」、senfebrigilo「熱冷まし,解熱薬」のようなもっと複雑な構成も 可能です。この辞書には、このようなsenをつかう派生語が493語収録されています。 これらは、配列のルールにしたがって、最終語根のところ(sennomaであれば、 nomoのところに)挙げてあります。

なお、この辞書には載せていませんが、sennomaがある以上、当然、sennomulo 「無名の人」といった単語を使ってもいいのです。「当然」と、書きましたが、 実は、ここで「当然」と思えるかどうかは、エスペラントの学習の上でかなり 重要です。この辞書にはよく使われる単語はなるべく多く載せようとしていますが、 エスペラントの造語法は生産性が高いので、どのような大きな辞書であっても すべての可能な語が挙がっていることはありえません。

なお、辞書の本文での記述は、どうしても見出し語が単位となるため、 造語法という一般的な規則を扱うことはできません。そのため、この辞書では 付録として「造語法」の解説をつけました。あくまで付録ですので、説明が 懇切丁寧とはいかないかもしれませんが、図式的に簡潔に説明してありますので、 エスペラントの単語のしくみを理解する助けにしてください。

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