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『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第77巻(2009)2月号, pp.6-7. 掲載

『エスペラント日本語辞典』の使い方(12) 辞書とのつきあい方 (下)

後藤 斉


前回述べたように、この辞書の執筆編集にあたって考慮したポイントを手短にまとめると、エスペラントの計画言語としての整合性、(特に、近年の)言語使用の実態、そして教育的判断の三点ということになるでしょう。

言うまでもないことですが、エスペラントという言語の最大の特質は、個人の提唱に発していることです。その基本的な骨格は1887年にザメンホフがエスペラントを発表した際に規定され、『エスペラントの基礎』(1905)により固定されました。この骨格部分を尊重することは、エスペラントの辞書としてあまりにも当然のことです。

この骨格の大きな特徴は、品詞語尾によって単語(内容語)の機能が明示されている点(形態論の透明さ)と、接頭辞・接尾辞や語根の組み合わせによる造語法の生産性にあると言えます。「例外のない文法」と強調されることもあるこの性質は、エスペラントの語根の大部分が主要ヨーロッパ諸語から採られているにもかかわらず、言語の全体としてはヨーロッパ語の単なる焼き直しではないことを示すことになってもいます。

エスペラントでは品詞語尾の取り替えによる派生が行われ、buŝo「口」からbuŝa「口の;口頭の」、buŝe「口を使って, 口頭で」が作られます。このような派生はこの語に特有のことではなく、多くの語で生産的に行われますが、ここで、品詞の転成が語尾で明示される一方で語根の形態(buŝ)が変わらないこと、および単語としての音節数が変わらないことは、実は、かなり重要です。このために、エスペラントでは、転成した品詞の単語を気軽に使うことができるのです。

この骨格部分は、表などに整理された形で知識として頭にいれ、また、教科書の例文ややさしい読み物などで慣れ親しんで、なるべく学習の早い段階で身に着けてしまうのがエスペラント学習の基本です。こういったエスペラントの言語的骨格を体得することは、エスペラントを自分の言語と感じられるようになるため第一歩なのですから。

そのために必要な知識をより確実に身に着けられるようにするのがこの辞書の役割であり、辞書の構成や記述はこの目的に沿うように配慮しました。そのため、ランクAの語根の記述は詳しくなっています。学習初期には細かい説明のすべてをおぼえる必要はありませんが、学習の進歩に合わせて折に触れて見直すと、新しい発見もあることでしょう。

しかし、エスペラントは骨格部分ばかりからできているのではありません。120年以上の間、エスペランティストたちは、エスペラントを実際に使うことによって、骨格に血や肉を与えて、エスペラントを人間同士が使う言語へと成長させてきました。使われる場面が多様化し、社会自体も変化したのに合わせて、エスペラントの表現力は拡充されてきたわけです。その使われ方の集積の上に現在のエスペラントが存在しています。

『エスペラントの基礎』には、一つ一つの語根の意味や用法について細かい規定はありません。実際に使われる中で慣習によって決まってきた部分も多いのです。造語法の面でも、理論上の可能性がみな同じ程度に実現されている訳ではありません。buŝiという動詞を作ることは、エスペラントのしくみとして可能ですが、実際には(ほとんど)使われていないようです。一方、okulo「目」から作るokuli「目をやる」は、多くはないながらも、実際の使用例があります。また、理論的には接頭辞 mal- をつければ反対語を作ることができるとはいえ、よく使われるものとそうでないものとがあります。

学習辞典であるこの辞書は、実際に使われている語形や意味、用法を優先して掲載しています。この意味で、エスペラントの使用の実態がこの辞書の記述を左右しているのであって、その逆ではありません。前回述べた「権威ではない」とはこのことです。

エスペラントが実際にどう使われているのか、ということは、それほど単純ではありません。従来は、ザメンホフほかの名前の通った作家の使用例が重視されるのが普通でした。しかし、言語使用を担っている大部分の人は普通の人であり、辞書の使用者の大部分も普通の人です。このため、この辞書には、普通の人が普通の場面でどう使っているか、特に近年はどうか、を反映させようと努めました。珍しい、気の利いた表現よりは、当たり前に使われる表現を重視しているのです。

例文や解説などはこのような方針で書かれていますので、実際にエスペラントを使うときには、大いに参考になるはずです。しかし、それに従ってばかりいる必要はないのです。学習レベルによっては、そこから一歩踏み出す使い方もできるはずです。

さて、実際に使われているからといって、すぐに学習辞典に反映させることにはなりません。望ましくない使い方は、実例があったとしても、編集委員会の側で教育効果も考えて判断することになります。

新語については、広く使われておりこれからも使われそうなものは採用しましたが、例えば「グローバルな」の意味での形容詞globalaなど、使用例があっても、採用しなかったものもあります。また、説明の上で、多少不正確にはなるかもしれないが、割り切った書き方をするほうがよいという場合もあります。めったに使われない表現や高度に専門的な表現について細かい説明をつけることは、学習辞典にとってはスペースの無駄づかいになってしまいます。

このような執筆と編集の方針を知っていただくと、この辞書がエスペラントを使う際に「目安」になる理由がお分かりになるでしょう。この辞書の編集において、理想を完全に実現できなかった面があることは否定できません。執筆編集に携わった側としては、まだ足りない、次の機会に直したい、補いたい、と思う部分はいくつかあります。とはいえ、全体としては、当初の目標をおおむね達成できたものと考えています。この辞書を活用して、エスペラントを使えるように、さらに高度に使いこなせるようになる人が増えることを望んでいます。

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