リンクは自由!
『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第77巻(2009)3月号, pp.6-7. 掲載

『エスペラント日本語辞典』の使い方 (13) 言語の習得 ―まとめとして―

後藤 斉


今回は、この連載のまとめとして、言語の習得という広い視点から辞書の役割について述べようと思います。

エスペラントは人間が使う生きた言葉です。人間が使う言葉は、オウムのように、覚えている音声をただ繰り返しているというものではありません。時間と手間をかけて解読する暗号でもありません。人間は、状況に合わせて語句を組み合わせて、自分の言いたいことを表現し、また、相手の言ったことを理解しています。

エスペラントを学習する動機は人によって違うかもしれません。しかし、エスペラントも人間の言語なのですから、せっかく学ぶ以上は、それを言葉としてできるだけ活用して、国際交流を楽しみたいものです。「ボーナン・ターゴン」だけでも相手と言葉が通じるのはそれなりにうれしいものですが、それにとどまっては人間としてのコミュニケーションではありません。さらに高いレベルを目指してほしいのです。

言語の習得とは、自分の感情や思考を表現し相手を理解するための、母語以外の、もう一つの手段を身につけることです。語学力としては、自分の思うことをそのまま伝えられる、また、相手の伝えたいことをそのまま理解できるレベルが目標ということになります。高いレベルに達するのは確かに易しいことではありません。よく知られているように、思春期を過ぎてから母語以外の言語を学習する場合、残念ながら、習得はなかなかスムーズには進まないものです。

幸い、エスペラントの場合、習得へのハードルは他の言語の場合ほど高くはありません。それでも、時間をかけているうちにひとりでにクリアできるというものでもありません。ハードルを越すには、条件が必要です。それは、環境の助けと本人の努力です。

環境についてここで詳しく述べることはできませんが、本人の意思によってある程度は整えられることを指摘しておきましょう。環境を変える余地があまりないとすれば、本人の努力という要因のウェイトが増すことになります。本人の努力といっても、効率のよい努力と無駄な努力とがあります。

できるだけ効率よく進みたいものですが、そのためにまず重要なのは、学習することの意味をはっきりさせることです。ここで、目標を持つことは大きな意味をもっています。ただし、上で述べた「自分の思うことをそのまま伝えられるようになりたい」というのは、漠然とした長期的な目標です。動機づけの維持のためには、もっと具体的な目標、つまり、エスペラントを使って自分はこれをするのだ、という目標が有効です。

学習しているのは言葉です。ただの記号や音声ではなく、意味を伴っています。ですから、教科書の例文を読むときも、書いてある文字を読み上げるという姿勢ではなく、意味のある言葉を伝えるつもりで読むのがいいのです。講師の口まねをして繰り返すときも同様です。教科書に出てくる例文は、自分が言いたいこと、そのものではないでしょうが、この段階ではとりあえずそのまま受け取りましょう。

具体的な学習法は習得の効率を大きく左右します。性格などによる向き不向きがあるため、残念ながら、だれにでも特効性のある学習法というものはありません。とはいえ、どのような学習法であれ、入門から初級の時期には集中的に取り組んで、基本文法と基礎語彙(500語根程度プラス造語法)をおさえることが肝心です。

ここで、エスペラントの場合には、ほかの外国語学習と比べて圧倒的に有利な条件があります。入門期に覚えるべき文法事項がきわめて少ないことです。文法が苦手な人もいるようですが、文法が整理されているという、エスペラントだけがもつ好条件を利用しない手はありません。

初級はインプット重視の時期です。教科書を一通りすませたら、なるべく辞書なしでも粗筋をとりながら読めるテキストを多読するなどして、基本文法と基礎語彙を体に染みこませるのがいいでしょう。

学習が進むにつれて、狭い意味での学習以外に、それぞれの性格や関心に応じてエスペラントを使った言語活動が広がってくることでしょう。読書、手紙やメールのやり取り、旅行などです。少しずつ実用できるのもエスペラントの長所であり、それを通じて、目標がさらに具体化していき、習得への動機づけがさらに強まるのはよいことです。

そのような活動のなかで、単語の意味というものが一定の日本語の訳語で置き換えておけばすむものでないことに気がついてくるでしょう。あるいは、教わったことだけでは自分の本当に伝えたいことを的確に伝えられないように思えてくるでしょう。

辞書の出番がふえるのはこの段階からになります。エスペラントがそこそこ通じるだけで満足していると、いわゆる「エテルナ・コメンツァント」になってしまう確率が高まります。エスペラントの言語活動をより深いものにするためには、文法や語彙、さらには表現全般への注意を切らさずに、意識的な言語の学習を並行してして続けることが必要です。

『エスペラント日本語辞典』は、エスペラントの語学力を伸ばしたいと思う人の役に立とうとするものです。この連載の記事で説明したように、この辞書は、単語の意味を調べるためだけのものではありません。見出し語のランクづけ、語義と用法の解説、用例、相互参照など、語彙力の総合的な向上に役立つ工夫がしてあります。学習のレベルに応じてこれらを活用すれば、実際に語彙力の向上につながるはずです。

語彙力という場合、単語をいくつ記憶しているかを大きな目安に考えがちです。しかし、実際には単語をどれだけ使いこなせるかの方が重要です。エスペラントの場合の大きな決め手は、接頭辞や接尾辞を活用した造語力がどれだけ身についているか、です。エスペラントのしくみを体得していることの証しだからです。

ぜひ『エスペラント日本語辞典』を活用して、語彙力そして語学力を向上させてほしいのです。それは、エスペラントを言葉として活用し、エスペラントならではの国際交流を深く楽しむための近道なのです。

La pozicio de la vortaro en lingvolernado


copyright GOTOO Hitosi 2009
著作権法規に則って利用することができます。




「エスペラントとは?」のページに戻る
後藤斉のホームページに戻る

URL:http://www.sal.tohoku.ac.jp/~gothit/ro0903.html
2019-04-04T15:41:02+09:00
All Rights Reserved. COPYRIGHT(C) 2009, GOTOO Hitosi
Department of Linguistics
Faculty of Arts and Letters, Tohoku University
Aoba-ku, Kawauti 27-1
980-8576 Sendai, Japan

〒980-8576 仙台市青葉区川内27番1号 東北大学大学院文学研究科言語学研究室
後藤 斉 (E-mail:gothit/at/tohoku.ac.jp)
後藤にメールを送られる方へ