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『エスペラント』(La Revuo Orienta) 第78巻(2010)3月号, pp.12-13. 掲載

de vorto al vorto (9) bela

後藤 斉


形容詞bela「美しい, きれいな」は『エス日』でランクAの基本単語であり、学習の初期に学ぶはずです。用例として、bela floro [pejzaĝo / pentraĵo] 美しい花[景色/絵]/bela voĉo きれいな声/bela poemo[rakonto] 美しい詩[物語]」が挙がっていますが、容易に理解できるでしょう。ここには挙がっていませんが、bela viro「美男子」、bela aktorino「美しい女優」、belaj haroj「美しい髪」など、人の容姿の形容に使えることは言うまでもありません。

基本義として「視覚的に好ましい感覚を与える」とあるように、見た目の美しさが語義の中心です。しかし、上の用例から分かるように、聴覚的な「声」を形容することもできます。また、「美しい詩」では、美しいのは喚起するイメージであったり、言葉の響きであったり、さまざまの可能性がありそうです。

このように、belaは美的感覚に訴えかけてくる物の形容に広く使え、訳語「美しい, きれいな」からもある程度は類推できそうです。しかし、実際には、それよりさらに広く、日本語から類推しきれないような場面でも使えるのです。

なお、清潔感を話題にしている「きれいな」はpuraで表します。pura tolaĵo 「きれいな布」など。もちろん、bela kaj pura urboのように両方重ねることも可能です。

belaの派生的な使い方で比較的わかりやすいのは、bela veteroでしょう。日本語では「美しい天気」はそれほど熟した表現ではありませんが、bela veteroはエスペラントで「よい天気」を表す最も普通の表現です。「美しい」からの意味のつながりは十分に感じられます。

「よい天気」はbona veteroと言うこともでき、たいていの場合、それほど大きな違いはないようです。強いて言えば、bona veteroでは「種々の活動に適した」といった、より客観的な評価であるのに対して、bela veteroでは「話し手に心地よい」といった主観的な評価に傾いているようです。

bela tagoも「晴れた日」を表すことができますが、天候の描写でなく、別の語義「すばらしい」の可能性もあります。まぎれなく「晴れた日」を表すためには、天候の晴れてうららかな様子を直接に表す形容詞serenaを使うことができます。

なお、unu[iun] belan tagon「いつかある日」という熟語的な表現があり、ザメンホフの"Esence kaj estonteco de la ideo de internacia lingvo"にも"se en unu bela tago montriĝus, ke ..."「かりにいつかある日に…ということが明らかになったとして」という実例があります。ここでのbelaには「美しい」や「晴れた」という意味はなく、いくつかの民族語に見られる熟語的表現を直訳から来ているようです。エスペラントとしては望ましい表現とは言えないでしょう。ついでながら、オペラ『蝶々夫人』のアリアで有名な「ある晴れた日」も、イタリア語にある同様の熟語的表現の直訳に由来する誤訳だとのことです。

上ですでに触れたように、belaには派生義として「見事な, 素敵な, すばらしい; 立派な」があります。美とは違うにしても、好感を強く感じさせるさまを表している点で第1義とつながっていて、どちらか決めにくい(決めることに意味がない)例もあるようです。

使える場面は思ったより広そうです。bela donacoのような具体物だけでなく、bela talento, sukceso, agoなど抽象物や行為にもつかえます。時に関する表現も目立ちます。bela aĝo, estonteco, momento, periodo, tempoなどです。

bela aranĝoは「見事な手配」、bela rikoltoは「すばらしい収穫」、bela spertoは「すばらしい体験」、bela kontrastoは「見事なコントラスト」です。bela surprizoならば「思いがけないすばらしい出来事」などでしょう。

少しわかりにくいものもあって、bela ŝercoは「できのいいジョーク」、bela ekzemplo「ぴったりの実例」、bela tasko por junulojは「若者におあつらえ向きの作業」といったところです。bela artikolo, rezolucioなど、美的な価値判断からかなり離れているように思われる名詞とも結びつきます。いずれもbonaやtaŭgaなどで言い換えても大きな違いはなさそうですが、主観的なプラスの評価が強調されています。

一方でこの語義は、主観性が高いところから、逆に皮肉の表現にもつながっていきます。bela mensogo「見事なうそ」、bela malordo「見事な混乱」などです。

また、あまり頻度は高くありませんが、belaは「相当の量の」の意味で使われることもあります。donaci belan sumon, bela kvanto da monoなどです。ここでも、konsiderinda sumoなどより、感情のこもった表現になっています。

なお、bela libroは、(内容などが)「すばらしい本」でもあり、(印刷や装丁が)「美しい本」でもありえるでしょう。見た目の美しさであることをはっきりさせたいときには、belaspektaなどを使うことができます。

belaを強めるにはtreやegeを添えればいいのですが、他に副詞としてvere, rimarkinde, eksterordinare, neesprimebleなども使えます。rave「うっとりさせるように」も意味的にぴったりです。少し大げさに聞こえますが、fabele bela 「おとぎ話のように(=絵にも描けないほど)美しい」といった表現も可能です。

belaは接尾辞-eg-, -et-と相性がよく。特にbelegaはよく使われますが、美しさを強調するだけでなく、対象の壮麗さも含んでいることが多いようです。beletaの方も、美しさの程度が低いことを言っているというより、多くの場合、対象への親愛の情が現れています。

副詞beleが「美しく」を意味している場合(kanti bele, bele vestita knabinoなど)は難しくないでしょう。派生義「すばらしく、立派に」の使い方はあまり目立ちませんが、それでもbele sukcesi, progresi, resumi, koincidiなどの用例があって、Tiu libro bele atestas la penetremon de la aŭtoro. 「この本は著者の洞察力を見事に証明している」などのように使えます。

Estas bele, ke ...「…とはすばらしい」という構文でも使うこともできます。Estus bele, se ni povus vivi kune.「私たちが一緒に暮らせるとしたら、素敵なのですが」のような現実に反する仮定の場合にも使いやすいでしょう。


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